24 手紙

「ど、どうしたの、ユーリ」

 驚いたように、母さんは俺を見上げた。

「俺、クラウスさんに会って来る」

「そう。その気持ちは分かるけれど、クラウスだってもう家でゆっくりしているでしょう。家は街の奥の大きなお屋敷よ。突然訪ねるとご迷惑になるから、明日以降にしなさいね」

 あまりにもっともなことを言われて、俺は返す言葉がなかった。母さんは肘掛椅子の前にあるテーブルに腕を伸ばし、その上にのっていた籠の中から封筒を手にとった。

「今日はこれでも読んでいなさい。散歩でもしながら。丘を下りて街と反対方向へ行けば、そのうち草原と山が見えて来るわよ。来る途中にも見えたんじゃない? ドラゴンが」

「見えた」

「高台があるから上って見物するといいわ。本当は、あなたはドラゴンに選ばれているからもっと近づけるんだけれど。記憶がないとどうなのか分からないから」

「選ばれるってどういうこと?」

「ドラゴンに乗れるってこと」

 夢の中のおにいたんの言葉が、頭の中によみがえった――君にしか乗れないよ。

「俺にしか乗れないってこと?」

「そうね、私も選ばれていないし、この辺りではそういうことね」

「そっか……」

 夢の中のおにいたんは、ドラゴンに自分が乗れないことが悲しかったんだ。きっと、ドラゴンに乗って戦って、みんなを守りたかったんだ。

 それなら、俺も役に立ちたい。

「母さん。俺、いつか立派な魔法使いになって、ドラゴンに乗ってどこへでも飛んで行って、みんなを守るよ」

 俺は胸に手を当てた――クラウスさんを。

 ところが、

「あら。そんなの無理よ」

 あはは! と母さんは、人の一大決心を笑い飛ばした。


 ドラゴンは人に懐かないうえに、そもそも居住地域から動かない魔獣だそうだ。乗れても、一人で空の散歩を楽しむか、その姿を人に見せることぐらいしかできなくて、要するに観光資源。

 この地域には、ドラゴン目当ての観光客が多いそうだった。

「ユーリ。ドラゴンに乗れるようだったら、新年にでもお披露目しましょうよ。私や、まあマリウスにも似て? あなたは見た目がいいから、観光客にも喜ばれるわ」


 家を出て、丘を下り、湖のほとりのベンチに座った。

 手紙は二通あった。

 一通は、俺の素性を問い合わせたときのもの。

 もう一通は、俺が旅立ったあとのもの。

 一通目は状況の説明と事務的な内容のあと、エレノアねえさんの愚痴らしきものが書き記されていた。

『先生、クラウスはひどいんです。

 先に通信玉を準備しておきますって言いながら、それをこっそり使っていたことを、これまで見逃してやっていたのにあの仕打ち。

 エレノア、通信玉に強い魔力がってクラウスが呼びに来たのが始まりです。

 ――もう、勝手に使って!

 ――そんなことより、見てください。まちがいなく、ルーク王子だと思います。

 ――ええ!? そうね、点のよう、なのにそこに強力な魔力を感じるわ。でも、ルーク王子かしら?

 ――確かです。ここにルーク王子の服の切れ端が入ったお守りが。クリスティーナから先ほど届きました。

 ――え? ペンダントは届かなかったの。

 ――そうですね。何か事情があるのでしょう。さあ、早く、異世界来訪魔法の準備を。

 ――うーん。待ちましょう、クリスティーナが戻って来るまで。この世界、書物で読んだことあるけれど、その間に読み直しておくわ。

 ――早くしないとっ、この小さな点を逃したらおしまいですよっ。

 ――何よ! 急に怒鳴んないでよ!

 ――エレノアがルーク様を連れて帰ったら、クリスティーナがほめてくれますよ。

 ――そ、そう? なら、やっちゃおうかな。

 そのとき頭の中で、私はクリスティーナに頭をなでなでされていました。

 そのあと準備をして、大広間の玉座の前に戻るから王様にお伝えしてってクラウスに頼んで。それであのザマ。

 私がにらみつけて何か言えって言っても、クラウスは無視したんですよ。ユウにべったりくっついちゃって!

 なのに、クリスティーナは私を抱きしめたとき、こう言ったんです。

「クラウスを許してあげて。あと、クラウスの好きなようにさせてあげましょう」

 そのとき、私は自分がクラウスに騙されたと理解したんですが、クリスティーナにあんな耳元でささやかれたら拒めません。クリスティーナの言っていることの意味は、ちょっとよく分からなかったんですけれどね。

 あとで説明してもらったら、クリスティーナはクラウスが先生の子供のユーリを探していることをずっと前から知っていたんですって。クラウスが通信玉を勝手に覗いているところに出くわしてから、話をちょこちょこ聞いていたみたい(クリスティーナは魔力ボール事件でクラウスに負い目があるから優しくしてしまうの。先生が王都に来るとクラウスに頼んでこっそり通信玉を使っていたこともクリスティーナは聞いていたそうです。先生、クラウスなんかより、私たちを頼ってくれればよかったのに! もしかして、私たちよりクラウスのことがお気に入りなんですか? そう言えば、クラウスが研究所に出入りするようになったのも、先生の紹介でしたね。なんだか、悔しいです。あ、でも、ユーリの事故のこと、私は、小耳に挟んだ、くらいの感覚で、すっかり忘れていました。ごめんなさい)。

 それにしても、クラウスはどうしてかユウをユーリ扱いしないんですよね。初めて会いましたっていう態度で。クリスティーナが好きにさせてあげようって言うから、私もクラウスに合わせてあげましたけれど、いらいらしました。ユーリだという自信がなくなったのかしら。面倒くさいやつです。

 そうそう、ルーク様のペンダントを持って帰って来たクリスティーナに、クラウスはこう言ったそうです。ユーリが無事に帰れるなら、私はエレノアに殺されてもかまわない。けれど、ユーリがルーク様ではないと王様が気づくだろう。急いでルーク様を探してほしい。万が一、ユーリが牢に入れられても、早く解放されるように。

 クリスティーナは、ペンダントを握って通信玉を使ったそうです。そしたら、すぐにルーク様が見つかって。さすがクリスティーナ!


 ところで先生、ユウはとってもかわいいです。異世界で、私が手を差し出したら、お手って感じでぽむって手をのせたの。子犬みたいでしょ?』


 二通目。


『――〈中略〉ユーリはすっかりクラウスに懐いちゃって。

 でも、先生、クラウスのやつには、注意した方がいいですよ。

 今思えば、窓から落ちてごろごろ転がったあとも、すぐに起き上がらずに、やけに長くユーリを胸元に置いていたような。

 あいつ、私たちに隠れて何をやっているか知れたもんじゃないです。

 ユーリが旅立ったあとも、さっさと追いかければいいのに(ユーリが近衛隊に挨拶に行ったあと、同僚のヨハンがすぐに、仕事で遠出していたクラウスのために、休暇届を出しておいてくれたんですって)、私たちのところにわざわざ怒りに来たんですよ!

「なぜ異世界に不慣れなユーリを一人で行かせたんですか? 私が帰るのを待っていてくれればよかったのに!」

「うるさいわねえ。かわいい子には旅させろって言うでしょ。それに私とクリスティーナで餞別に守りの魔法をかけたから、無事に向こうに到着するわよ。だいたい追いかけるならこんなところでごちゃごちゃ言ってないでさっさと早く行きなさいよね!」

 ちっ。舌打ちして部屋を出て行くあのときのクラウスの憎たらしい顔ったら!

 そうそう、クラウスはこう言っていました。

「先生にまた手紙を送るのでしょう? 私との過去をユーリに悟られないような態度でいてくれと先生に頼んでください」

 ですって! ほんとっ、面倒くさいやつ!』

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