19 再び出発
翌朝、俺はクラウスさんのベッドで目が覚めた。ベッドの縁には、服装がしっかり整っているクラウスさんが腰掛けていて、俺の顔を心配そうに覗き込みながら、
「やはり止めるべきでした」
と言った。
俺の記憶は、やり切った、という感覚のあと、目の前がぐらぐらして、クラウスさんの背中に倒れ込んだところまで。
つまり、過剰な魔力の放出、からの爆睡。
クラウスさんの肩の痣はすっかり消え、さらに、体調がすごく良くなったそうだった――多少は疲れがあったのですが、今はとても体が軽いです。
おまけに、俺の魔力はクラウスさんの体だけに行き渡ったのではなかった。朝食を宿の食堂でとっているとき、隣の席のおじさんたちが話していたのだ。「昨日の夜、寝てたら急に体が楽になったんだよ」「お前も? 俺も疲れや足のむくみが取れてんだよ」「この辺り、魔力の地脈でも通ってんのかね」「それならもっと宣伝するだろ」
おじさんたちだけでなく、食堂にいる全員の顔が晴れやかだった。
確か、俺はイメージするとき、治す、からのつながりで、病院の建物を一瞬頭に浮かべた。どうやら俺は人間病院となり、複数の人を治療したらしい。
宿を出て、再び出発。
クラウスさんと並んで歩きながら、俺の心は軽かった。
だから、素直な言葉が口から出た。
「あの、クラウスさん。心配になるから、ああいう店に行くのでも、できれば俺に言ってからにしてほしいです」
「ああいう店?」
クラウスさんは不思議そうに言う。
「ごめんなさい。昨夜、どこに行くんだろうと思って、クラウスさんのあとをつけました。あの店の前まで」
「あ、ああ、そういうことですか」
クラウスさんにしては珍しく焦った様子だった。が、
「ユーリ、違うんですよ。あの店は、その、そういう用途、で行ったのではなくて」
実は希少な魔道具を買いに行ったのだと、クラウスさんは説明した。昼間に行った魔道具店で、ここだけの話だがそれを夜の店のオーナーが所持している、と教えてもらったそうだった。売却を考えているらしいと。
「個人情報を流出させたと叱られるといけないから夜の店で自分の店の名前は出さないでくれ、誰にも言わないで一人で訪ねてくれ、と店員の女性に言われました」
「あ。あの内緒話をしていたときですか?」
「ええ。あの女性は、その魔道具をユーリが身につけたらとてもよく似合うだろうと言っていましたよ」
「俺? それって、クラウスさんが俺にってことですか?」
「ええ、贈ろうと思っていました。けれど、手に入りませんでした。オーナーは昨日それを売却してしまっていたんです。それに、なかなかオーナーに会ってもらえなくて、会ってからも世間話の相手をさせられて、宿に戻るのが遅くなってしまった」
「そうだったんですね」
そのオーナーって人、クラウスさんのことを気に入って帰したくなかったんじゃないかな、と思ったりしつつ。「俺、クラウスさんの気持ちだけで十分です。すごくうれしい」
「ユーリ。いつか贈ります」
「はい」
てへへ、と照れ笑いを含んだ返事だ。「ところで、どんな魔道具なんですか?」
「魔力の制御を補助する魔石です。魔力を増幅させる魔石は珍しくないですが、それはとても希少なんですよ。あのユーリがいた森の先にある池、あそこで取れるんです。とてもきれいな青色をしています」
「クラウスさんの目みたいに?」
「いえ、どうかな、もっときれいでしょう」
クラウスさんも照れたように言って、
「そう言えば、ユーリ、私のあとをつけたということは、夜道を一人で歩いたということですね」
「そうです」
「大丈夫でしたか?」
「何がですか?」
「何者かにからまれたりとか」
「店の前でおじさんたちに声をかけられたぐらいです。入らないのかって」
「そのあとは?」
「帰りました」
「ちゃんと無事に帰れましたか?」
「だからここにいます」
「そうですね」
くすっと笑うクラウスさん。
俺はクラウスさんとの会話が楽しくて仕方がなかった。
そのあとも、旅をしながら、たくさんの会話をした。
「クラウスさん。光魔石って、案外いろんなところに使われているんですね。街灯も、お店にも」
「ユーリ。あれは違います。陽魔石と言って、光魔石と似た性質ではあるんですが、少し品質が落ちるものなんですよ。魔法を受容する能力が低かったり、割れやすかったり」
「ユーリ。敬語のことですが、異世界帰還者は一目置かれる存在なんです。ですから、ユーリに対しても、私はそうなるんです」
「そうなんですね。でも、一目置かれるって、どうしてですか」
「過酷な環境を生き抜いて来た人たちだからです」
「それって、ルーク王子様のような人たちですよね。俺、全然そんなことなかった。つらかったことを忘れたってことはなくて、本当に脳天気に生きて来たって確信あります。過酷な環境って、はは、俺のこと、エレノアねえさんなんかは、絶対そんなふうに思ってないだろうな」
「ユーリ。帰還者は必ず試練があります。向こうで得た大切なものを捨てなければならないという、つらい試練が」
「……そっか、そうですね」
「クラウスさん。あの夜借りたハンカチ、トランクにしまってあるんですけれど……」
「よければ差し上げます」
「! ありがとうございます」
「ユーリはエレノアに懐いていますね」
「ええ? そうかな、そうかも。でも、最初は腹が立ちました。だってあの大広間で、自分が間違えたくせに、俺が悪いみたいに言うし」
「それはユーリの勘違いだと思いますよ。エレノアはユーリが悪いなんて思っていないでしょう」
「なら、いいけど。確かに、エレノアねえさんはちょっと変だけど、頼りがいがある感じなので、俺、懐いているかもです。弟みたいに思ってるって言ってくれたし」
「そんなことを言っていたんですか? エレノアは、自分がユーリを無事に連れ帰ったと誇示したいんでしょうね」
「あの、クリスティーナさんも、そう思ってくれているみたいです」
「そうですか。言い方は悪いですが、あの二人にユーリがおもちゃにされないか心配ですね」
「……」
「クラウスさん。故郷が同じなら、俺の母親がどんな人か知っていますか?」
「高名な魔女ですよ」
「他には?」
「あまり詳しくは」
「クラウスさんは誰に魔法を教えてもらったんですか?」
「師はたくさんいますよ。機会があればユーリにも紹介します」
コルゲニア地方は山の多い土地だった。
俺の母親が住む場所には、山々といくつもの湖と草原があった。
岩と緑の高い山。そこに何かが飛んでいるのが、遠くからでも見えた。
鳥にしては大きすぎる。
「クラウスさん、あれはなんですか?」
「ドラゴンですよ」
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