15 一緒に
旅は道連れ世は情け。
って、言ったのは誰だっけ? じいちゃんかな?
クラウスさんとの旅は心強かった。そして俺は、クラウスさんの情報をたくさん集めることができた。
クラウスさんはコルゲニア地方の貴族の息子。五男。
としは今年で二十四。
文武両道。というのは俺の意見。そんなことないですよ、と本人は謙遜するのだ。でも、武は当然そうで、文は、俺の恥の話を披露するしかないな。
「二人旅って、なんかあれみたいだ」
俺は街道を歩きながらこう言った。
「なんです?」
クラウスさんは馬を引いていた。歩きたい、と俺が言ったのだ。
「向こうの世界で、そういう物語があったんです。二人旅で、時代は、江戸時代が舞台だったかな? ああ、なんだっけ、記憶薄れてるなあ」
「東海道中膝栗毛?」
「え!? それです! なんで知ってるんですか?」
「異世界から来た人々の情報を集めた書物にありました。作者は十返舎一九。おおまかなあらすじしか載っていませんでしたが。イセ、という場所までの二人旅ですよね。そう言えば、これは別の物語による情報だったかもしれませんが、イセに行く途中、ひしゃくを持っているとお金や食べ物を入れてもらえるとか。面白いですね」
「そうですね」
「こんなふうに、こちらで書き留められたことを聞いて、忘れたことを思い出す帰還者も多いんですよ。ユーリが思い出したことで、書物の東海道中膝栗毛の部分に補足ができるかもしれませんね」
俺はそこで白状した。
「すみません、クラウスさん! 俺、題名と二人旅ってところぐらいしか知りません。記憶が薄れてるんじゃなくて、単なる勉強不足でした! ひしゃくのことも初耳です!」
そうでしたか、と笑ったクラウスさんは、楽しそうだった。
という訳で、間違いなくクラウスさんは文の人だと俺は思うのだ。
たどり着いた宿場町や都市で、クラウスさんはいろいろなところに連れて行ってくれた。
食事をしたり(クラウスさんが選ぶ店はどこもおいしかった)、魔道具店を覗いたり、本屋で魔法に関する本を見たりした(コルゲニアで買えるものはコルゲニアで。ないものを、ということで一冊だけ買った)。露店や屋台もめぐった。夕暮れの公園での演奏会にも行った(当然初めて聞く曲ばかりだったけれど、とても懐かしさを覚えて、自分はこの世界の人間だったのだな、と実感した)。俺のために、という場所が多い気がした(俺の汚れた新品の服をクリーニングに出すために、サイズの合う古着をクラウスさんは買ってくれた。なので、もうこの旅ではそちらを着ることにした)。クラウスさんの望みで行ったのは、剣を研ぎに出すための、武具の専門店ぐらいだった。
クラウスさんは優しい。
そして美男だ。
つまり、モテるのだ。どこに行っても。
それに、訪れる土地にほぼ知り合いがいた――クラウスさん、クラウス様、やあクラウス。
「私は近衛隊ですが、ある程度魔法が使えるので、地方の魔獣や魔物の討伐隊に駆り出されることがあるんです。学生時代にも何度か参加を。そういうときに知り合ったり、世話になった人が多いですね」
クラウスさんに近づいて来るのは、男も女も子供もいたが、やはり女が断トツに多いと俺には思えた。
立ち寄った店で働いている女性、通りですれ違う女性などが、みんなクラウスさんにちらちらと視線を寄越したり、積極的に話しかけたりした(石畳にけつまずいて、クラウスさんの胸元に飛び込んで来た強者もいたり)。
それは街道でもそうだった。高級そうな馬車が通ると、必ず俺たちの横で止まった。そんなとき、俺たちは歩いているか、ゆっくりと馬に乗って進んでいた(二人乗りのときもあったし、乗馬の練習になるからと、クラウスさんが俺のために一頭馬を借りてくれて、縦に並んで乗っていたときもあった)。
「クラウス君、こんなところでどうしたのかね?」
「やあ、クラウス。よかったら僕たちの馬車に乗るかい? 二人ぐらい余裕だよ」
「こんにちは、クラウス様。娘が恥ずかしがって声を出せませんの。ほほほ。尋ねてもよろしいかしら、来月の王宮での舞踏会には出席なさいますの?」
声をかけて来たのは、おじさん、チャラそうなイケメン、おばさまなどの、紳士淑女といった人たち。
王都の方向に走る馬車に出会ったときは、扇で顔を隠して、でも隠し切らず、その美貌を見せつけて来た三十代ぐらいの女性が窓越しにこう言った。
「ごきげんよう、クラウス様。どちらに行かれるの? 私は温泉地からの帰りなの。肌を磨いて来たわ。王都に戻ったら、ぜひ私の屋敷に遊びにいらしてね。ふふ。そちらの方もね」
その馬車が去ると、クラウスさんが苦笑の顔で言った。
「ユーリ。あの方はタペルパト侯爵夫人です。冗談がお好きな人だから、気にしないでくださいね」
「はい」
と頷いた俺は、変な名前が出て来たな、と思っていた。どうしてクラウスさんはあの人が〈冗談が好き〉と知っているのだろう、と思ってもいた。
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