14 反省

 顔に日の光が当たるのを感じた。目を開けた。頭を少し動かす。

 空が明るい。どうやら太陽の位置からして早朝だ。

 俺のそばに魔物はいなかったが、クラウスさんがいた。

 クラウスさんは木にもたれて座って目を閉じていて、なぜか俺はその腕の中で横たわっていた。

 俺の外套と、クラウスさんのものだろう外套が、二人をおおっていた。より俺にかかるように。

 そっと体を起こし、外套をクラウスさんにかけ直して、周りを見渡した。

 そこは、魔物に襲われる俺をクラウスさんが助けてくれた場所ではなかった。鳥を殺したあの空間のような場所でもなかった。どうやら森と外の境で、目の前に草むらが広がっている(はっきりとは覚えていないけれど、俺が森に入った場所ではないと思う)。俺のトランクとクラウスさんの鞘に入った剣が足元にあり、そばには荷物を背に乗せた馬一頭がいた。馬は草を食べている。

 俺はクラウスさんに視線を移した。

 クラウスさんは軍服ではなく、私服だ。目はまだ閉じている。俺はその胸元に頭をのせて、もう一度眠りたいような気持ちになった。けれど、いくらなんでもそれはないだろう。

「クラウスさん」

 俺はクラウスさんの腕に触れて、声をかけた。

 まぶたがゆっくりと開き、クラウスさんはまぶしそうに細めた目で俺を見た。

「ユーリ……」

 俺の名前を呼ぶ。でも、その口元に笑みは浮かばない。

 当然だ。

 俺は頭を下げた。

「すみません、ありがとうございました」

 ずっと下げていたかった。

 けれど、

「ユーリ、顔を上げて」

 と、クラウスさんが言った。俺はそうした。

 もたれていた木から体を起こしていたクラウスさんは、外套を一枚、俺の肩にかけた。怒っているようではないけれど、厳しい表情をしている。

「なぜ、街道から外れて森に?」

「近道をしようかと思って」

「ユーリ。君のいた世界では、山々や深い森は気楽に行ける場所だったのか?」

「違います。魔物や魔獣はいないけれど、獣に襲われることだってあるし、遭難だってするし……。本当に、ごめんなさいっ」

 俺はまた頭を下げた。あまりに自分が馬鹿で嫌になる。

「もう謝らなくていい」

 クラウスさんの声が優しくなった。頭を、ぽんと撫でられた。俺は顔を上げた。クラウスさんがほほ笑んでいた。

「ユーリ、無事で良かった」

 俺はうれしくて、口元がへらっと緩みそうになった。けれど、それでは反省が足りなく見えるだろう。なんとか口を引き結んで頷いた。


 とりあえず何か食べましょう、とクラウスさんは馬の背の荷物からビスケットを取って来てくれた。

「あの、ところで、クラウスさんはどうしてここに?」

 俺は食べながら尋ねた。

「ユーリが一人で旅に出たと聞いて。こちらに戻って間もないのに大丈夫だろうかと思って追いかけたんです」

「そうなんだ、ありがとうございます。あの、でも、俺が森にいるってどうして分かったんですか?」

「馬を走らせて宿場について、数軒の宿屋に尋ねてもユーリを見たという者がいなかったから、街道を戻ってみたんです。そうしたら、森の方で、一瞬でしたが、鋭い、線のような光の柱が空に突き刺さるのが見えて」

「あれ、矢です」

「随分大きな矢ですね」

 クラウスさんが、楽しそうに言った。「それで、ユーリの魔力だと思って森に行きました。馬は入口に置いて中に入ったんですが、ユーリが道から外れていたので探すのに時間がかかってしまった」

「道?」

「森の中には一応公道があるんです。そこやこの入口周辺には、森の魔気に侵されないよう、魔法で結界が張られていて、比較的安全です。でも、公道は旅のためではなく、森を抜けた先の山のふもとにある魔石の池に行くためのものです」

「あ、じゃあ、あの地図にあった家は」

「あれは池を管理する事務所です。希少な石が採れますから、常に人がいます」

「そうだったんだ……。あの、普通公道を出ることはないってことですよね。俺のことどうやって探せたんですか?」

「魔力を追って。これを」

 クラウスさんは上着のポケットから、黄色い石のペンダントを出した。「探したい相手の魔力がこの中に登録されていれば探せる魔道具です。君にはエレノアとクリスティーナの魔法がかけられていたから」

「そっか」

「あの二人の魔法に守られていたおかげで、魔物もあの程度の者しか現れなかったんですよ」

「あの程度!? むちゃくちゃ怖かったのに」

「あれは小物です。大物は、大きな魔力を持つ者を狙いますから。エレノアたちの守りの魔法でユーリの魔力が隠されていた。それに、光の矢で魔力を多大に消費していたことも、結果的によかったですね」

「そう、なんだ……」

 大物ってやつに出会っていたらどうなっていたのか。想像するのも怖い。俺はため息を一つついた。「あ、クラウスさんは、大丈夫だったんですか? クラウスさんもエレノアねえさんたちに魔法をかけてもらって来たんですか?」

「私は一応魔法を学んでいたので、自分に守りの魔法を。それに、あの剣には退魔の魔法がかかっているんですよ。ああして置いておけば、狭い範囲ですが強力な結界を張れるほどの」

「へえ……」

 俺は剣と馬を見た。目を凝らすと、馬場で見たときのように、馬を包んでいる光が見えた。剣の光は、俺やクラウスさん、そして馬にも及んでいた。そしてそれとは別の銀色にゆらめく光が、森の入口周辺に広がり、さらに、一定の幅で、森の奥へと続いているのだった。

 俺は、肩にかかる外套をなでた。

「……トランク。クラウスさんが見つけてくれたんですか?」

「ええ、ユーリを探している途中で。ユーリは鳥を食べようとしていたんですか?」

「はい。あの鳥は?」

「あれは私があの場に行ったとき、魔獣である怪鳥が食べるところでした」

「怪鳥!? クラウスさん、大丈夫だったんですか?」

「すぐに飛び立ったから。ユーリはあの場にいなくてよかったですね。いたら、エサになっていたかも」

「は、はは」

 クラウスさんは悪戯っぽい言い方をしたけれど、実際そうなったかもしれないんだろうな。「クラウスさん。あらためて、探しに来てくれて、助けてくれて、ありがとうございました」

 俺はもう一度礼を言った。

「いや、ユーリ、もう……」

 クラウスさんは、困ったような顔になる。

「でも、放っとけばいいのに、トランクまで拾ってもらって。俺、すごく走ったし、あの助けてくれた場所からここまで、すごく遠いですよね。俺のこと担いでここまで運んでくれたんですよね」

「ユーリは、やみくもに走ったでしょう。私は、軍の探索でこの森の中には詳しいです。あの場所からここまで、距離はたいしたことないんですよ」

「そっか……。じゃあ」

 俺は、大きく息を吸ってから、続けた。「もう一度言ってしまうけれど、本当にありがとうございました。俺、もうやみくもに走りません。無茶しません。ちゃんと街道を行くから、クラウスさんは、もう王都に戻ってください」

「え?」

 クラウスさんは驚いたように声を出した。

「俺のことを心配して様子を見に来てくれたんですよね? 王都の外での仕事から、昨日帰って来たんですよね?」

 きっと疲れているはずなのに、急いで追いかけてくれたんだ。「無理をさせてごめんなさい。戻って休んでください」

「いえ、ユーリ、無理なんてしていないですよ」

 クラウスさんは怪訝そうに、首を傾げて言った。「休暇を取って、私も旅に出たんです」

「休暇!?」

「ユーリに追いついてから、里帰りをしようと」

「そうだったんだ。クラウスさんの故郷はどこですか? あ、でも聞いても分からないな、途中までなら一緒に旅できるかな?」

「一緒です」

「え?」

「ユーリの故郷と一緒です」

 クラウスさんは、にっこりとほほ笑んで、まだ食べ終えていなかったビスケットを口に入れた。

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