13
まず、手を合わせて鳥の冥福を祈った。ごめん、感謝して食べるから。でも、鳥に触るのは躊躇した。試しに、焼き鳥になれ、と叫んで右の手のひらを突き出してみたが、何も起こらなかった。矢は飛ばせたことを思い出して、次は羽根を一枚ずつ、ピンセットで抜くようなイメージを試してみた。うまく行った。ひたすら続け、最後の一枚を抜いたときは、疲れ切っていた。このまま丸焼き、じゃないよな、今度は内臓か。矢の勢いが強すぎたから、肉がかなり裂けていて、内臓も飛び散っている、ようには見えるけれど。ああ、血の匂い、生臭さが強くなっている気がするな……。
鳥の処理はいったんやめて、焼くための準備を先にすることにした。木々の中に入って、枝や、火を囲うための石を集めた。
これで最後と決めた石を運び終えたとき、足がもつれて転んだ。そのまま、仰向けに寝転がった。
ひどく疲れていた。朝からずっと歩いているし、何より魔力の使い過ぎだ。矢は明らかに巨大ビームだったし、羽根を取るときも必要以上に力が出ることがあって、何度か鳥がゴロゴロと転がった。
(ちょっと休憩)
目を閉じて、深く息を吸い込んだ。眠りに落ちた。
冷気で体が震えて目が覚めた。夜になっていた。上空には星が輝いていた。
(やば……)
まだ頭がぼんやりしている。けれど、起きなければならないことは分かる。そうしようと頭を動かして、
(え)
寝転がっている俺の体の横に、何かが立っていることに気づいた。
何かは、黒い布のようなものを頭から体全体にまとっていて、顔は、分からない、真っ黒だ。何もないかのような真っ暗な顔で、俺を見下ろしていた。
俺の鼓動は早くなった。その音が、どくどくと自分の耳の奥で響く。
魔物だ。これが魔物なんだ。
クラウスさんが言っていた。魔獣・魔物がいるって。暮らしの常識の本にも書いてあった。魔獣・魔物には注意を。特に夜間。エレノアねえさんは寄り道するなって。街道を行かなければならなかったんだ。寄り道してはいけない。なのに、俺は、軽く考えていた。この世界を。現実なのに。地図も、向こうの世界のファンタジーの本の、一番前についているもののような気分で見ていた。全部、この世界の現実なのに――。
恐怖で、体が固まって動かない。
魔物が、ゆっくりとしゃがむ。ざわざわとした奇妙な空気が、俺に近づく。
上体を折り曲げて、魔物は俺の顔を覗き込む。そのとき、魔物に向かって光が飛んだ。
魔物がひるんだ。
俺は飛び起きて走った。
二つの色が混じった強烈な光は、俺の額から。赤と白。魔女の祈りだ。
(クリスティーナさん、エレノアねえさん、ありがとうっ)
森の中を必死に走った。木にぶつかっても、転んでも、すぐに走り出した。
星明りが届くのか、真っ暗ではなかった。
後ろは振り向かなかった。追って来る魔物を見たら、恐怖で足が止まってしまいそうな気がしたから。
ただ、走りながら思い出していた。クラウスさんに、体を鍛えていたかと聞かれたことを。全然って答えたけれど、まったくあのとき頭に浮かばなかったけれど、俺は中学でサッカー部だった。小学生のころも、地元の子供サッカーチームに入ってた。高校でも入ろうとしたけれど、不祥事のせいで入学式前にサッカー部が廃部になって、結局帰宅部になったんだ。でも、たまに高校の友だちとサッカーした! 休みの日に暇潰しにランニングだってしてた! 中学のサッカー部の先生に、走るの早いっていつもほめられてた! はは! 変なの! 俺、今、中学のころより、もっとマジで走ってる!
でも、転んだ。
地面に倒れた。
もう足が重い。動かない。心臓の音が激しい。息はものすごく荒かった。一眠りで、簡単に体力や魔力が回復するわけはない、ということだろう。
倒れ伏している俺は、周囲の静かさに気づいた。もう魔物は追って来ていないのだ、と思った。安心して、うつぶせから仰向けになった。
魔物はいた。俺の横に立っていた。ひっそりと。まるで俺を追いかけていなかったみたいに。俺の背中にぺったりと貼りついて移動したかのように。
魔物が、さっきと同じように、ゆっくりとしゃがむ。
その間、俺は荒い呼吸を繰り返していた。心臓は破れそうなほどに大きく鼓動し、その音が耳の奥で響く。
魔物が上体を曲げて、俺の顔を覗く。動きが遅い。さっきの光が出ないか、慎重に確認しているようだ。
もう、光は出ない。
(死ぬんだ)
俺は覚悟した。
そのとき、魔物が急に俺から離れた。後ろから引っ張られたみたいに。
そして魔物は斬られた。
クラウスさんに。
魔物が、崩れるように粉々になって、消えて行く。
手から剣を落としたクラウスさんが走って来て、俺を抱き起こした。
「――っ」
クラウスさんが何か言ったけれど、俺は自分の心臓の音しか聞こえなくて。何か言いたいけれど、荒い息を抑えられなくて、口も思うように動かなくて。まぶたも、だんだん閉じて来て。
つまり、俺は気絶した。
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