13 この世界を知る

 一人で歩くのは、意外に退屈だった。

 一人旅というものを、気楽に考えすぎていたのかもしれない。

 向こうの世界で経験した旅行は、家族旅行とか修学旅行、とにかく誰かと一緒だった。そして行くのは観光名所。エレノアねえさんやクリスティーナさんと馬車に乗っていたときは、まだそんなような気分だった。朝早くて王都の通りに人は少なく、開いている店もなさそうだったけれど、街並みや、市場に物を運ぶ荷馬車なんかを、俺は物珍しい気分で窓から眺めたのだった。

 二人と別れ、歩き始めてからも、その気分は続いた。王都の外れのあの場所は、乗合馬車の停留所でもあったから、俺と同じ方向に進むそこにいた馬車が、車輪の大きな音をさせながら後ろから現れたりすると、こう、にぎやかな感じがして、楽しかったのだ。

 でも、街道を進むにつれ、人家が少なくなり、畑やら林やら草地やらが増えて来ると、俺を追い抜いて行く馬車もどうしてか少なくなった(そう言えば途中で分かれ道があったから、そっちにも行くからってことだろうか)。歩いている人は、前にも後ろにもいなかった。最初は、前方に人の背中が見えていたのに、俺が景色を物珍しげに眺めていたせいか、向こうが歩くのが早かったからなのか、途中の人家に住んでいる人だったのか、その姿はすっかり見えなくなってしまっていたのだった。

「休憩しようかな」

 街道から外れて、草地に入った。岩が一つ、ぽこんとあって、もたれるのにちょうどよさそうだったからだ。

 岩の前に座り、トランクから水筒を出して水を飲んだ。地図も出して開いた。

 エレノアねえさんは言っていた。まっすぐまっすぐ進んで行けば、わりと大きい宿場町に昼過ぎには着けると思うから、そこで昼食をとりなさい。疲れたなら、泊まってもいいわ。

 俺は時計を持っていない(そう言えばクラウスさんは懐中時計を持ってたなあ)。上を向き、青空の中の太陽を見る。……けっこう高い位置にあるような気がするけれど、どうなんだろ? お腹はすいていないし、まだ昼ではないと思う。町の家並みなんて全然見えていないけれど、あとどのくらいで着くんだろう。ゆっくり歩きすぎたかな。

 また地図に目を落とした。そして気づいた。

(あれ? 街道を行くより、この暗い森ってとこ抜けて、山と山の間を通って行った方が、コルゲニア地方ってとこに、早く着くんじゃないか? 森の向こうに描いてあるの、これ家だよな。町か村があるってことだよな? 早く歩けば、午後の夕方になる前ごろには着けるんじゃないか?)

 顔を上げて、森の方角を見た。小さく、木々が見える。その奥には山並み。

 トランクの中には、念のためビスケットが入れてある。行ってみよう、と俺は思った。


 森は想像以上に広かった。歩いても歩いても終わりそうになかった。

 ぽっかりと空間になっていた場所で、再び休憩した。

 草の上に仰向けに寝転がって、青空を眺めた。

(疲れたな。それに腹減った。今何時だろ)

 ビスケットは、歩きながら食べてしまった。

(夜までに森を抜けられなかったら、野宿だよな)

 体を起こして周りを見た。木の枝が落ちている。トランクの中にはマッチがある。どうにか火は焚けそうだ。

(あとは、食べ物があるといいな。果物とか、ないかな?)

 けれど、歩いているとき、そんな木は見かけなかった。

(キノコはあったけれど、毒があったら困るし…)

 上で、鳴き声がした。

 見上げると、俺の視界の中の空を、鳥が右から左に横切って行った。

(……鳥を捕まえて、食べる?)

 やってみよう、と思った。

 矢とか弓で。でも、ないし。

(魔法)

 俺は立ち上がった。矢が、刺さればいいんだよな。上を見る。待っているうちに、首が痛くなりそうだ。

 もう一度、仰向けで寝転がった。空。鳥が来たら、魔力を矢にして飛ばす。そのイメージ。

 待った。じっと。

 空に鳥が来た。

 俺は右手を、思いっ切り上に突き出した。

 線のような光が、空間を貫いた。上に。空に突き刺さるほどに。


 鳥が落ちた。地面には血が飛び散った。少し離れたところだったので、俺の服やトランクが汚れたりはしなかったけれど、気分は重かった。

 当然だが、鳥は死んでいるのだ。目を開いたまま。羽根だらけのまま。誰かが、どうにかしてくれるわけではなく、自分でどうにかしなければならないのだ。

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