8 抱きしめられて 

 衝撃波を受けたと言えばいいのか。突風に一瞬で吹き飛ばされたようでもあって。

 外に出た瞬間は、時間が停止したかのような感覚になって、俺は一気にさまざまなことを考えた。

 まず状況の分析――これって魔法での攻撃かな? それにしても窓が開いててよかったな。閉まってたら、ガラスの破片で血だらけじゃね?

 次に今後について――あ、空すげえ青い。ここって何階だっけ? けっこう階段上がったぞ。あ、建物の屋上すぐそこじゃん。すげえ高いぞ、ここ。落下して死、確定だな。異世界に死す。わあ、なんかの題名みたいで、カッコイ、イっ、えっ?

 いきなり、空中で俺は抱きしめられた。クラウスさんだとすぐに分かった。俺の頭を右腕で守るようにして、自分の肩に押しつけてくれている。

 状況の分析・二――嫌だ、これで万が一俺が助かっても、クラウスさんに何かあったら、死んだりしたら、絶対に嫌だ! 俺にできることは? 俺には魔力があってきっと魔法が使えるはずっ、何かっ、何か。

 俺とクラウスさんの体が、地面に衝突する前に、跳ねた。透明なやわらかい物の上で。ぽおん、ぽおん。そして三回目のぽおんのあと、地面にごろごろと転がった。

「ユウっ、大丈夫ですかっ」

 起き上がったクラウスさんが、俺の顔を覗き込む。心配そうな顔。でも、クラウスさん、大丈夫そうだ。よかった。

 仰向けに倒れている俺の心臓はばくばくしていた。

「大、丈夫です」

 言いながら起き上がったものの、痛い、というより、体が重い。ふらっとした上体を、クラウスさんが背中に手を回して支えてくれた。

「ユウっ、あなた、すごいじゃない!」

 上からエレノアねえさんの声がした。見ると、二人の魔女が窓から顔を覗かせていた。

「待ってなさい、今行くから!」

 エレノアねえさんが叫んで、二人は顔を引っ込めた。

 待っている間、クラウスさんと会話をした。

「クラ、ウスさん、ありがとう、ございました。クラウスさんは、大丈夫、ですか?」

「私は大丈夫です」

「さっき、いきなり現れて、俺を、守ってくれたけれど、瞬間移動の魔法、とかですか?」

「いえ、そういうものは魔法陣を必要とします。私は魔力で体の動きを少し速めただけ。エレノアが言っていましたよね、異世界来訪魔法は莫大な魔力を必要とすると。異世界来訪魔法を含め、移動の魔法はすべてそうです。異世界に失踪者を迎えに行くのも、わが国で単独でできるのは、エレノアやクリスティーナ、その他数名の能力のある方々だけ。不甲斐ないことですが、私の魔力量では無理です。でも、ユウ、君なら、いつかできるようになるでしょう」

 クラウスさんが饒舌だ。きっと、俺にしゃべらせないためだ。俺の息が切れているから。俺の体を、ずっと支えてくれている。ありがとう、クラウスさん。声を聞いているだけで、元気が出て来るよ。

 建物の出入り口の扉がある方の角から、杖を持った二人の魔女が小走りで現れた。

「ユウ、あなた魔法使ったわね。大雑把だったけれど、すごいすごい! 何かイメージした?」

「……布団、かな」

 あのとき頭に浮かんだのは布団とか、テレビで観たことのあるアクション俳優の人が高所からマットの上に落下する場面だった。

「あら、何か怒ってる?」

 エレノアねえさんが、俺の顔を覗き込む。

「そりゃ、怒るよ! 外にふっ飛ばされたんだぞ! 何あれ、魔法!?」

「と言うより、魔力が突発的に出ちゃった感じね。ごめんごめん、痛いところある?」

「ないけど!」

 俺は息をつく。声は、まだ出しづらい。「そもそも人を窓から吹っ飛ばしたくせに、なんで窓から降りて来ないんだよ。その方が早いだろ」

「窓から? だって階段があるじゃない」

「……あっそ」

 杖に乗って降りるとか、ふわあって浮く感じで降りるのを想像したんだけど。この世界の魔法常識はよく分からないしな。まあ、いっか。

 ふうっと俺がため息をつくと、クリスティーナさんが横にしゃがんだ。

「大丈夫ですか、ユウ」

「あ、はい」

「怪我は?」

「していないと思います。ただ、体が重いって言うか、疲れて」

「魔力を大量に使ったからですね」

 クリスティーナさんが、俺に杖を持っていない方の手で触れた。何か(間違いなくクリスティーナさんの魔力だろう)が体に注ぎ込まれる感覚。体が軽くなる。

「治癒の魔法よ、ユウ」

 エレノアねえさんが言った。

「うん。ありがとうございます、クリスティーナさん」

「どういたしまして」

 クリスティーナさんがほほ笑む。

「ユウ。あなた、魔力を必要以上に使い過ぎよ。ちゃんと魔力の配分ができるようにならないと。そんなふうに赤の他人に、だらあ、と頼っては駄目。情けないわよ」

「分かってるよ」

 悔しいけれど、エレノアねえさんの言う通りだ。俺はクラウスさんに寄りかかっていた体を起こした。「クリスティーナさん、あの、クラウスさんにも」

 布団魔法で衝撃が減ったけれど、地面は芝だけれど、俺をかばいながらクラウスさんは転がったのだ。さっきの、大丈夫って言葉は信じられない。

 けれど、

「いえ、私は大丈夫です。自分の魔力で体を守りましたから」

「そうよ。心配し過ぎよ、ユウ」

「……分かった」

 俺がエレノアねえさんの言葉に頷くと、クリスティーナさんが立ち上がった。さあ、とエレノアねえさんが差し出してくれた手をとって、俺も立ち上がった。クラウスさんも立って、

「では、そろそろ私は戻ります」

 と言った。

「そうね。副業より本業をがんばりなさい。あ、そうだ。ユウ、あなたがどこに泊まるか考えなきゃね。疲れてるから、もう休みたいでしょ?」

「うん、まあ。そう言われれば、そうかな」

 魔力の使い過ぎ以前に、いろいろありすぎて、根本的に疲れているしな。

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