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「この一粒一粒から、私たちの世界の魔力を感じ取らなければならないのよ」

 エレノアねえさんが言う。

「この世界の魔力って、俺やルーク様みたいな?」

「そう。ユウは封印されていたから、とてもかすかな魔力だったわ。つまり、そんな点のような魔力をときには頼りにして、異世界に飛ばされてしまった者を探す道具、それが異世界通信玉なの。でも、簡単じゃないのよ。この中のたった一粒と、つまり一つの異世界と向き合って精神をつなげるって感じで、こちらの魔力があるか探さなければいけないの。でも、ぽかんと向き合っているだけではなかなかつながらないわ。だから、私たちは、まず異世界を知るの。異世界を知ることでつながりやすくなり、探しやすくなるから」

「知るって、この粒々全部のことを知るってこと? すごい量だよ」

「ふふ、そうね。全部はたぶん無理ね。あのね、はるか昔から、異世界に飛ばされた人たちはいてね、帰還したあと、向こうの世界について語ったことが書物に残されているの。ほら、さっきユウのいた世界の漢字というものについて記された書物もあるわ。ちなみに漢字って、複数の異世界で使われているわよ。でね、その書物がある分だけ、私たちは異世界を知ることができる」

「書物……」

 俺は周りを見渡した。本棚、大量の本。途中、窓辺にいるクラウスさんと目が合った。クラウスさんは、かすかに頷いてくれた。

「幸いなことに、私たちが知る限り、書物がない異世界に飛ばされた者はいません。異世界の記録を取り始めてくれた先人に、私たちは感謝しています」

 クリスティーナさんが微笑して言った。「ユウ、本はこの部屋だけではありません。本当にたくさんあります。他国の本も集めています。我が国の書物にない異世界が書かれている場合もあるので。異世界は多種多様。その一つ一つの世界のイメージを最大限持てるようにこの本たちを読み込むことも、私たち研究所の大切な仕事です」

「あの、もしも、もしも書物がない異世界に飛ばされていたら、どうなるんですか?」

 ちょっと心配になって俺は尋ねた。探してもらえなくて、早死に、なのか?

 クリスティーナさんは、くすりと笑った。

「もちろん、探します。イメージがないこともまたイメージです」

「そっか……」

 なんか難しそうな答えが返って来たので、俺は曖昧に頷いた。

「ねえねえ、ユウ。これは言っておきたいんだけれど」

 エレノアねえさんが、真剣な面持ちで言った。こっちも難しいことを言うつもりだろうか?

「何?」

「あのね、異世界に行けるのはね、私やクリスティーナのような最上級な魔法使いだけなのよ。異世界来訪魔法は、通信玉を扱うよりも、もっと高度な魔法能力と莫大な魔力量が必要だから。さっき通信玉を使うのは、原則、私たちだけ、と言ったわよね。原則って。つまり他の魔法使いも許可を取れば使えるの。けれどそれは私やクリスティーナが一緒でなければ駄目。異世界に魔力を見つけたとき、素早く異世界来訪魔法を行わなければならない場合もあるかもしれないから。ズルしてこっそり使うやつはね、そういうことを考えないの。それで異世界に魔力を見つけて、おたおたしてわあわあ騒いだりするのよ」

「ふうん、そうなんだ、なんかややこしいね(特に難しいことを言われなくてよかった)。それにしても、エレノアねえさんもすごいね。こんなにたくさんの本を読んで、俺を見つけたなんて」

「うん、まあ、そうね」

 エレノアねえさんは大きく頷いた。「異世界の書物を読むのってね、なかなか大変な仕事なのよ。一つの異世界のこと全部が同じ書物に書いてあるわけじゃないし。外国の書物はもちろん外国語だし。そうそう、異世界識別魔法っていうのがあってね、調べたい異世界を一つ指定して、そこが載っている書物たちをぴかーって光らせるの。便利でしょ。ユウの世界のこともいっぱい読んだわー。あと、ユウの場合、偶然あなたの魔力を知っていたから、それが助けになったっていうのもあるかなー」

「魔力を知る? どういう意味? どうやって知るの?」

 俺が問うと、クリスティーナさんが口を開いた。

「ユウ。魔力は人それぞれ、ちがうものなのですよ。性格があると言えばいいのか。その人が身につけていたものから、その性格を知ったりします。魔力の性格を知っていれば、異世界にあるその魔力を探しやすくなります。ルーク様の場合、谷底に落ちる前に身につけていたペンダントが最近見つかって、私が取りに行きました。崖のそばの木に引っかかっていたんです。異世界に飛ばされる間際まで身につけていた物が、一番明確に魔力の性格を残していますから」

「へえ……あれ?」

 ふと疑問が頭に湧いた。「俺ってルーク様と間違われたんだよね? 俺とルーク様の魔力はちがって、一番明確じゃなくても、ルーク様はいろんな物がお城に残ってるはずだから、俺の魔力を知ってたってのは」

「あ、ああ、それはね、とある人がね、お守り袋に布を入れていて、それを、あなたが異世界に飛ばされる前に着ていた服の切れ端だって言って、つい最近私に見せたの。つまりルーク様が着ていた物だって。だから、私、勘違いしちゃった。ふふ、ユウ、あなた、なかなか頭が回るわね」

 エレノアねえさんが、俺に片目をつぶってみせた。

「……そっか」

 なんだかいまいちよく分からず、ごまかされたような気がしたが、まあいっか。

「さて、そろそろ本題を話し合わないとね!」

 と、エレノアねえさんが仕切り直して来たのもなんか怪しいが。

「本題?」

「あなたが何者かよ」

 エレノアねえさんは、何やら勝ち誇ったように言った。

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