5 また会えた

 長々と、黙々と歩いて(前にいる二人はときどきこそこそと何か話していたが、おそらく俺についての相談だろう)、大きな建物の前にたどり着いた。十階ぐらいはありそうで、扉の上の横書きのプレートには、ひらがなでも漢字でもない、アルファベットでもない、その他向こうで見たことのあるどれでもない文字が並んでいた。

「王立魔法研究所……」

 俺がつぶやくと、

「あら、読めたのね」

 エレノアねえさんが言った。

「え? だって、俺がこの世界の人間だからだろ? さっき、言葉だってすぐ分かったし」

「うん、まあ、そうね」

「さあ、まずは中に入りましょう」

「あ、はい」

 俺はエレノアねえさんの言葉とどこか怪訝そうな表情が腑に落ちなかったが、クリスティーナさん(信用できる方)に従った。

 建物の中は広かった。たくさんの本棚と本があった。大きな机がいくつかあり、本が開かれていたり、何かの道具らしき物体が置かれていた。窓があり、そこからやわらかな陽光が差し込んでいる。おまけにとても静かだった。机の前にある椅子に座ったら、おそらく三十秒で眠れそうだった。

「図書館みたいですね。あんまり人がいないんですね」

 俺はクリスティーナさんに感想をささやいた。静かな場所である理由の一つだろう。見える範囲で俺たちを除いて三人しかいない。

「近くには王立図書館があるんですよ。ここには魔法に関わる書物がおさめられています」

「職員はみんな魔法使いよ。何かあれば集まるけれど、日頃はそこまで人はいないわ」

 クリスティーナさんだけでなく、エレノアねえさんも小声だった。常識的な面もあるのだ。

「では行きましょう。階段があちらに」

 クリスティーナさんが先頭、俺、エレノアねえさんの順に並んで階段に向かった。

 広い階段だった。黙々とひたすら上がって、何階にいるのか分からなくなったころに、クリスティーナさんは階段から外れた。

 その階の廊下を進んで行くと、いくつもドアがあった。一番奥のドアの前で、クリスティーナさんは立ち止まった。

「さあ、どうぞ」

 クリスティーナさんがドアを開けた。

 俺は中に入った。

 広い部屋だった。一階と同様、本棚があって、たくさんの本が並んでいた。真ん中にテーブルと椅子が数脚。そして、部屋の隅の窓辺に、開いた本を抱えた人物がいて、こちらを振り向いた。

「あ。さっきの……」

 俺を支えてくれたおにいさんだった。俺の驚きのつぶやきに応えるように、おにいさんは微笑を顔に浮かべた。俺はほっとした。飼い主に迎えに来てもらえた迷子犬のような気分だ。

「あら、いたのね」

 俺の隣に立ったエレノアねえさんが言った。

「あの、おにいさんも魔法使いだったんですか?」

 俺はエレノアねえさんに尋ねた(敬語はおにいさん用だ)。

「彼は違うわよ」

 エレノアねえさんは肩をすくめるようにして言ってから、壁際にあったスタンドのようなもの(おそらく杖立て)に杖を置いた。

「そう言えば、私たちの自己紹介がまだでしたね」

 クリスティーナさんはテーブルに杖を置いた。「私はクリスティーナ・コックス。彼女はエレノア・マイヤーズ。もうご存知でしょうが、私は白の魔女、彼女は赤の魔女です。私たちは二人とも、この王立魔法研究所の副所長を務めています」

「ちなみに、所長はいないの。空席なのよ」

「へえ」

 つまり、二人でその席を争っているって感じなのかな? 愛し合いながらも。愛憎の関係ってやつか? 奥が深いな。

「そして、彼はクラウス・ヘーゲルです」

「近衛騎兵よ。近衛隊副隊長。ちなみに副隊長は二人いるわよ。どっちが優秀かは知らないけど」

「へえ、そうなんだ」

 相づちを打ちながら、

(クラウスさんか、カッコイイ人は名前もかっこいいんだな。それに、近衛、騎兵、副隊長、なんか全部かっこいい。それにしても、エレノアねえさん、クラウスさんに当たりがきつい感じだな。え? まさか、ここにも愛憎の関係が? 今名前を紹介されたとき、俺に、よろしくって感じでぺこりと頭を下げてくれたクラウスさんは、クリスティーナさんを好き、とかか!?)

 などと頭の中で考えていたら、

「ねえ、ところで、あなたの名前は?」

 エレノアねえさんが、俺にさらなる衝撃を食らわせた。

「え、何!? 名前も知らないで俺を迎えに来たの?」

「そりゃそうよ! ルーク様だと思っていたんだから!」

「そう言えばそっか。俺の名前は佐藤悠」

 エレノア、クリスティーナ、クラウス、名前は地名とかより普通な感じで俺のいた世界にもありそうだし、案外日本語の名前もこの世界では通常使用されているのではないかと思ったけれど、

「サトユー?」

 エレノアねえさんは日本人の名前を初めて聞いた外国人のような反応をした。

「サトウ・ユウ。漢字で書くんだけど、佐藤は名字で悠が名前。ユウって呼んでよ」

「分かったわ、ユウ。漢字ね。知ってるわ、異世界の文字ね。あ、こちらでの名前は覚えていないってことね?」

「うん」

 ふむふむ、とエレノアねえさんは頷く。

「さあ、座ってください。ユウ」

 クリスティーナさんに言われ、俺は椅子に座った。二人の魔女も、俺の向かい側に並んで座った。クラウスさんは本棚から新しい本を出して開いている。

「では、あなたのこの世界でのこれからについて相談しましょ。まずは、そうね……」

「あの、俺」

 俺はエレノアねえさんを遮った。

「何?」

「いや、俺、元の世界に帰りたいんだけど」

 どさっ。

 俺とクリスティーナさんとエレノアねえさんは、音のした方に顔を向けた。

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