4 いい経験ができました

 自分が不満なのか、不満なら何が不満なのか、もはやさっぱり分からず、エレノアねえさんに対しては、なんだかもうあきらめの感情しか湧かず、心は虚無、な俺の状態に気づいたのだろう。

「とりあえず場所を移りましょう」

 と、エレノアねえさんより、格段に冷静で有能そうなクリスティーナさんが言った(ちなみにエレノアねえさんの右手にある杖はばかでかいけれど、クリスティーナさんが持つ杖は指揮棒ぐらいの長さしかない。つまり、それは、自分の能力を誇示しない謙虚さに、俺には見えたのだった)。

 俺は無言で頷き、

「ええ、そうね」

 エレノアねえさんがお気楽な調子で言った。

 俺たちは大広間を出た。

 クリスティーナさんによると、王宮はとても広いそうだった。いくつもの建物、いくつもの庭があり、これから行く場所にはかなり歩かなければならないそうだった。

 クリスティーナさんとエレノアねえさんが前を歩き、俺はついて行きながら、周りをきょろきょろと見回した。建物の中の長い廊下にある絨毯や美術品や花や、ガラス窓越しに見える庭や他の建物は、栄えている国なんだな、という感想を俺に抱かせた。

 建物の外に出て、庭に面した渡り廊下のような場所を歩いていると、

「待ってくれ」

 急に後ろから声がした。

 振り返ると、ルーク王子がこちらに小走りで向かって来ていた。

「ルーク様」

 とエレノアねえさんとクリスティーナさんが片膝をつく体勢に入った。今は俺もこちらの立場だろうと慌ててしゃがもうとしたら、

「そんな堅苦しくならなくていい。少し話がしたいだけだ」

 俺たちの前に来たルーク王子が言った。

「お話とは?」

 クリスティーナさんがしゃんと背を伸ばしてルーク王子と向き合った。

「彼と話がしたい」

 ルーク王子は俺を見た。

「え、俺、ですか?」

「そうだよ」

 ルーク王子はほほ笑んだ。「君に伝えたかったんだ。君は私に間違われてしまったけれど、君もこの世界の人間。戻って来られて本当に良かった」

「あ、ありがとうございます」

「うん」

 ルーク王子のほほ笑みは優しい。俺は、もっと、何か、言いたくて、

「あ、あの、王子様は、どこの国にいたんですか? 向こうで、その、異世界で」

「私はメルフェファー王国にいたよ」

「メルフェファー……」

 聞いたことのない国名だった。ヨーロッパかどこかの小さな国とかなのかな?

 ルーク様、と遠くから声がした。ルーク王子が来た方に、人が立っていた。

 今行く、とその人に声をかけると、ルーク王子はクリスティーナさんとエレノアねえさんの方を向いた。

「彼が快適に過ごせるように、頼んだよ」

「はい。仰せのままに」

 クリスティーナさんが言って、魔女二人は頭を下げた。

 俺も自然と頭を下げた。

 じゃあ、とルーク王子は戻って行った。

「ルーク様がいたのは、あなたがいた世界とは違う異世界なんですよ」

 ルーク王子が見えなくなると、クリスティーナさんが言った。

 俺は驚いた。

「異世界って、いくつもあるものなんですか?」

「ええ。とてもたくさん」

 クリスティーナさんは深く頷いた。「ルーク様がいたのはあなたがいた世界と違って、魔法が当たり前のように使われている世界でした。この世界よりも、もっと。九歳でその世界に落ち、孤児として拾われたルーク様は大変苦労したそうです。魔力はあっても、あちらとこちらではその質が違うので、術を使うのも容易ではなく、ひどく心身を削られたとか。養父母がいなければ、私は死んでいただろうと仰せでした。ですから、向こうで立派な魔法使いになられていたルーク様はこちらに戻ることを大変迷われたのです。まだ、恩返しができていないと。けれど、養父母の説得もあって、こちらに戻ることを決断されたのです」

「そっか……。優しい人、ですね。ルーク様は」

 優しくて、部外者の俺にまで気を配ってくれて。

 なんていうか、ルーク王子はこの世界に必要な人だ。この世界にふさわしい。つまり、俺は、この国の幸せな日に立ち会えたんだ。

 そう考えると、とてもすがすがしい気分になり、渡り廊下に面した庭の、陽光に照らされた花々が、とても美しく光り輝いて見えたのだった。

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