2

 光の出どころは、玉座の反対側の後方だった。

「何事だ!」

 父上が怒鳴ると、そこに向かって人垣が割れた。

 後方の床に、白く輝く魔法陣が見える。

「あれは、白の魔女のっ」

 そう言うと、父上は魔法陣に足早に近づいた。

 さらに輝きを増す魔法陣。

 そして、二人の人物が、白い光に包まれながら浮かび上がって来た。

 一人は、まっすぐでさらさらとした茶色の髪・白いドレスのきれいなおねえさん。年は赤の魔女のおねえさんと同じくらい。

 もう一人は、こげ茶色の髪、軍服っぽい衣装の、顔良し立ち姿良しの男。年は俺より少し上に見える。二十歳かそこら(二十一……っぽい)。

 白く輝く魔法陣が消えると、男の方が父上の前に進み、片膝をついた。

「父上、ただいま戻りました。幼いころ、異世界に飛ばされたルークです。覚えておいでですか?」

 ルーク王子は涙で潤んだ瞳で父上を……、いや、王様を見上げて言った。

「ルーク、忘れるものか。さあ、立ちなさい」

 王様の目も、潤んでいた。

 ルーク王子が立ち上がると、二人はひっしと抱き合った。

 途端、周りの人々が歓声を上げた――なんとすばらしい! お帰りなさい、お帰りなさい、ルーク王子様!

 王様とルーク王子は、三十秒ほどのち、体を離した。そしてルーク王子はぐるりと周囲を見回すと言った。

「母上。兄上たち、姉上たち、ルークは戻って参りました」

 数人の男女が、その言葉に導かれるように、周囲の人垣から前へと進み出た。一人は王様と同じぐらいか、少し下の年齢に見える女性。あとは、六人のルーク王子より少し年上っぽい人たち。みんな目が潤んでいる。

 母上、と叫んでルーク王子はまず王妃様に抱きついた。そのあと、六人の人たちの名前を一人ずつ呼んで、抱き合った。ルーク王子には、三人のお兄さんと三人のお姉さんがいるのだった。

 ルーク王子の抱擁は、まだ続いた。

「スザンナ」

 再び周囲に目をやったルーク王子は、一点で視線を止めて言ったのだ。

 一人の女の子が人垣から出て来た。

 きれいな格好の、貴族の令嬢という感じのかわいい子だった。その子の頬は赤く染まり、これまた目が潤んでいた。

「僕を覚えてる? 王宮の中庭の木の上に二人で上って、下りられなくなって……」

「覚えています。幼馴染みのあなたを、忘れたことなんて、一日だって、ありません」

 スザンナ嬢の声は、か細く震えていた。しかし、喜びにあふれていた。

 当然、ルーク王子はスザンナ嬢を抱きしめた。だが、そっと、だ。大切な宝物を守るように。

「ああ、本当によかったこと」

「スザンナ様は、ルーク様は必ず戻って来るからと、数多あまたあった見合い話をがんとして受け入れなかったそうよ」

「そうね、そうね、報われたわねえ」

 扇で口元を隠しながらなされる高貴な身分らしきおば様たちの噂話を、俺はそばで聞いていた。

 周りは感動に満ちていた。そしてこの事態に興奮もしていた。

 だから、ルーク王子とスザンナ嬢の一段落が済むと、我も我もと王子に声をかけるために人垣が動き始め、真ん中辺りに突っ立ていた俺は、後ろへ後ろへと押し出された。

 最後に俺を押し出したのは、かなりふくよかな体形のおじ様だった。

(あ)

 衝撃が強かった。

 足がもつれて、床にかかとが引っかかった。

 そして俺は背中から転び――とは、ならなかった。

 誰かに、背後から支えられたのだ。

「す、すみません」

 慌てて体を離して、俺は後ろを振り向いた。

「いえ。大丈夫ですか?」

 そこにいたのは、軍服姿のおにいさんだった。

 俺は、ぽかんとおにいさんを見つめてしまった。金髪、碧眼。通った鼻筋。優しげにほほ笑む口元。背は高く、どすんと俺にぶつかられても平気そうなことからして、たぶん軍服の下は鍛えられた体なのだろう。つまり、おにいさんは、紛うことなき容姿端麗イケメン美形だった。

「何か?」

 俺があんまり見過ぎたせいか、おにいさんは困ったようなほほ笑みになって言った。

「えっ、とっ、あの、すみません。目がすごくきれいだなあと思って」

 慌てた俺は、思わず正直な感想を言ってしまった。

「え?」

 おにいさんが、驚いたように目を見開く。

「あ、青くて」

「ありがとう」

 くすっ、と照れたように笑ったおにいさんは、やはりとんでもなく美形なのであった。

(って、俺はこんなことを考えている場合じゃないはずなんだけど。それにしてもすげえ恥ずかしいこと言っちゃったなあ。変なやつって思われてたらどうしよ)

 なんてことを考えたら、頬が熱くなって来た(ちなみにおにいさんはまだ俺の肩を片腕で支えていてくれるから、距離が近すぎて余計に恥ずかしいのだ)。

 ぐすっ。

 そんな状況の中、泣き声のようなものが聞こえて来た。ぐす、ぐすっ。

 そちらを見ると、赤の魔女のおねえさんがいた。

 赤の魔女のおねえさんの存在を、俺はすっかり忘れていた。どうやら俺と同様、人垣に押し出されたらしい。俺から少し離れたところに、ぽつんと一人で立っていた。

 そして、こちらを向いていた。

 顔は涙で濡れていて、

「なんでっ、なんで私が悪いみたいになってるの。これじゃあ、全部私のせいみたいじゃない」

 と、恨めしげな目で俺を見て言った。


 は?


 おねえさんの言葉は、受け入れがたいものだった。俺の頬は急速に冷え、頭の中にあった脳天気な思考は、すっかり消えた。代わりに、冒頭の超傑作ポエムが頭に浮かんだのだった。

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