2 きれいなおねえさんが泣いている
※
きれいなおねえさんが泣いている
雨みたいに泣いている
ねえ、泣きやんで
泣きたいのは、ボクの方だよ
きれいなおねえさんが泣いている
泣かないで
いや、だってほら、ヘマしたのはあんたでしょ!?
※
と、俺が思わずポエマーもどきになってしまったのには理由がある。
まず、俺が現れたのは、どうやらどこぞの宮殿の大きな広間だった。
俺とおねえさんを取り巻くように、大勢の人。
絵画やら照明器具やらの室内の装飾はきらびやかで、高い天井には雲だとか鳥だとかの絵が描いてある。
足元には、道路にあったものと同じ赤い大きな魔法陣。
それがすっと消えると、豪華な椅子が置いてある、二、三段高い所(きっと玉座ってやつだ)から、軍服っぽいけれど何やら良さげな高級感のある衣装を着ているおじさんが笑顔で降りて来て、何やら俺にしゃべり出した。
そう。何やら、だ。何を言っているのか全然分からなかったのだ。おじさんは知らない外国語をしゃべっている、という感じではなくて、ぼはぼはぼやぼや、といったふうな妙な音として声が聞こえるのだ。
俺が返事をせず、ぼけっとしているせいか、おじさんは困ったような笑顔になって首を傾げるしぐさをした。
すると、俺の横にいたおねえさんが一歩前に出て、おじさんと話し出した。ぼはぼはぼやぼや。あれ、おかしいな? おねえさんの声まで妙な音に聞こえるぞ。さっき、元の世界では普通に話していたのに。「ぼはぼはぼやぼや」「ぼはぼや」「ぼは…――も、うすぐ、王子様はこの世界と調和なさると思います」
あ。
「すみません」
俺は右手を挙げた。「言葉が聞き取れるようになりました。って、俺、ちゃんとこっちの言葉しゃべれてるのかな」
おじさんの顔が輝いた。
「おお! 我が息子よ」
どうやらおじさんは俺の父親だ。「よく戻って来た、我が王子よ!」
おじさんは俺を抱きしめた。ぎゅうむ。かなり力が強いおじさんだな、じゃなくて、この人は王様ってやつなんだろうな。そろそろ父上って呼ぶべきだよな。
「父上、苦しいです」
俺は父上の背中をぽんぽんと叩いた。
父上は体を離し、うれしそうに俺の頭を撫でた。
「なんと愛らしい。昔のままだ。覚えているか? お前が幼いころ、今のように抱きしめたら、同じことを言ったぞ」
「すみません、覚えてません」
「そうか。王宮でのことは、何を覚えている?」
「何も」
「何も?」
「はい。すみません、全然覚えてません」
「そうか。異世界に行ったせいで、記憶がないのだな」
あまりに俺がきっぱり言い過ぎたせいか、父上は悲しげにほほえんだ。「よいよい。これから
「はい」
何やら申し訳ない気持ちになり、俺は神妙に頷いた。
父上はおねえさんの方を向いた。
「何はともあれ、赤の魔女よ。よくぞ我が息子を連れ帰ってくれた」
おねえさんが片膝をついた。今度はドレスがまくれなかった。
「いえ、国王陛下。わたくしは当然のことをしたまでのこと。王子様のご帰還、お喜び申し上げます」
「うむ。さあ、立ちなさい」
おねえさんが立つと、父上はまた愛おしそうに俺を見た。
「異世界では苦労しなかったか?」
「はい。普通に暮らしていました」
「よい親に拾われたようだな」
「え? いえ、普通に本当の親です」
「そうかそうか。ふむ。その格好は、少し珍しい形だな」
「あ、はい、学校の制服です」
「ふむふむふむ。よく似合う。士官学校かな?」
「いえ。俺は高校生です」
「高校生?」
「はい。高二です。十六歳です」
「十六!?」
父上が驚いたように言った。
「はい、いえ、今年で十七歳になりますが」
「どっちもありえん!」
胃に響くような大声だった。
俺は身がすくんだ。周囲の人々も、動揺したようにざわめく(ちなみにこの人たちは、貴族だとかの位の高い人たちだと思う。みんな身なりが良さげで、男の人は燕尾服っぽいのや軍服っぽいのを、女の人はドレスを着ている。装飾品もきらきらしている)。
そんな中、
「十二年前、邪教集団ララスコンポピノンがっ」
父上が険しい顔で、宙を見据えて語り出した(邪教のくせになんだかかわいらしい名前ですね、とは言ってはならなさそうな状況であることは間違いない)。「王子の清浄なる力を恐れ、異世界に繋がると言われているベェスキリアファビアリの谷底に王子を突き落とした。それは王子が九つのころ。つまり十二年経った今、王子の年齢は二十一。つまり、つまり」
父上は俺を見た。怒っているようではない。だが明らかに困惑の表情。
「えっと、俺っ……」
と、俺が言葉に詰まってしまった(そりゃそうだよ!)とき、白い光が広間内に輝き始めた。
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