もっと愛したいと想う人がいて、もっと憎みたいと思う人がいた。

海坂依里

「愛を確かめる唯一の方法」

「君が、エドワード卿と逢瀬していたことはわかっている」


 客人を迎えるための華美すぎるほどの応接室に、湿っぽい空気が漂う。

 なんの後ろめたさも感じていない私は、背筋を伸ばして椅子へと腰かける。


「君と共に、未来を築くことはできない」


 私が婚約破棄された理由は、至ってシンプル。

 禁断の愛が、すべての原因。

 私が浮気しなければ、この関係が壊れることはなかった。


(でもね、耐えられなかったの)


 テオドール様は椅子から立ち上がり、私に最後の一瞥をくれる。


「もう二度と会うことはない」


 その言葉を残して、彼は去っていった。


(私は、テオドール様の愛を確かめずにはいられなかった)


 婚約者がいる身で、禁断の愛に手を伸ばす。

 それは赦されることではないけれど、そこに気持ちがないのなら浮気はありなのではないか。


(私も相手も、まったく好意がなかったのに)


 私が心から愛しているのは、テオドール様だけ。


(私は、歪んでいるのかしら)


 テオドール様の愛を確かめようとする私は、本当に歪んでいるのでしょうか。

 そんな問いかけをテオドール様に向けたくても、私の前から彼はいなくなってしまった。


「すみません、薬をくださいな」


 夜の静寂に包まれた森を歩き、私は古い廃墟のような建物に住む魔女の元を訪れた。


「彼に、婚約破棄の痛みを返したいのです」


 魔女は、微かに笑った。


「最近、多いわね。婚約破棄されるご令嬢様とやらが」


 どんな薬が欲しいか尋ねる間もなく、魔女は棚から古び小瓶を取り出した。

 中に入った水のような透明な液体が、ゆらゆらと揺れる。


「私が得意としているのは、愛を思い通りにするための魔法」


 私は多額の金と引き換えに、魔女から小瓶を受け取った。


「ようこそ、ご令嬢様専門の薬屋へ」


 小瓶を受け取った私に、迷いなんてものはなかった。

 夜道を照らす月が、私の計画が上手く進むように希望ある光を与えてくれた。


(どうして、テオドール様は信じてくれなかったのかしら)


 信じてもらえないなんて、残念。


(私は、こんなにもあなたのことを愛しているのに)


 テオドール様は、私のことを少しも愛してくれていなかったのですね。


「二度と会うことはないと言ったはずだが」


 純白のドレスの裾を軽く引きながら、元婚約者のテオドール様の元を訪れる。

 冷たい声で出迎えられたけれど、私の決意が揺らぐことはない。


「会うことを許可してくれたということは、少しでも私に対する気持ちが残っているからでは?」

「君とは婚約破棄になったが、君の家系と取り引きが終わったわけではないからな」


 机の上に置かれた赤ワインの横に、魔女から貰った小瓶を並べる。


「これは、真実の愛を伝える薬です」


 彼は疑いの眼差しを、小瓶へと向ける。

 私は祈るように言葉を紡ぎ、彼を縋るような目で見つめる。


「この薬の前では、嘘も隠し事もできません」


 テオドール様は私をじっと見つめたあと、ワインに小瓶の中身を注いだ。


「一緒に飲んで、互いの心を伝えあいませんか」


 同時にワインを飲むフリをして、彼が先にワインを飲み干すのを確認する。

 グラスから唇を離す頃には、彼は私に柔らかな笑みを返すようになる。


「……アリエス」

「はい」

「愛してる」


 その瞬間、彼の手が自分の頬に触れる。

 薬の効力か、それとも彼の心が私に戻ってきたのか。

 どちらにしても、とある令嬢の願いは叶えられた。

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もっと愛したいと想う人がいて、もっと憎みたいと思う人がいた。 海坂依里 @erimisaka_re

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