第7話 限りなくアウトに近いセーフ

 一応隠れてはいるが、この姿で地上を歩くわけにはいかない。風が吹いたり、歩いたりすれば一発アウトだ。また地下牢に逆戻りになってしまう。


「このお姿のまま外に行くのは、さすがにちょっと……」


 リリアナが困った顔で言うと、クラリッサが反論した。


「外? これのどこに勇者の素質があるというんだ。南部平原で、はぐれと全裸で戯れていたんだぞ。変態としか言えない」


 裸エプロン姿の太郎を指さすと、リリアナは全裸の太郎を思い出して頬を赤らめていたが負けじと言い返す。


「まぎれもない勇者様です! 女神様のお言葉を聞いた私、聖女リリアナの言葉を疑うというのですか!?」

「ぐっ……。そういう訳ではないが、私に脱ぐから殴ってくれと言うんだぞ?」


 女神の言葉を伝える聖女は決して嘘をつかない。クラリッサも聖女の性質を知っているため、そう言われれば何も言い返せないが、太郎の変態じみた言葉をチクった。


「だから、俺が女神から貰ったスキルは、脱がなきゃダメなんだってば!」


 目を細めたクラリッサが太郎を見る。その視線から分かるのは、何一つ信じていないと言うことだった。


 色々と話はあるが、真っ先に解決しなければいけない問題がある。リリアナは側近の男性に命じた。


「勇者様に着るものをお持ちなさい。急ぎで」

「はっ」


 駆けて行った男性が戻ってきたのはそれから数分後の事だった。


「とりあえず、これを……」


 側近が太郎に小さな包みを差し出した。

 それは太郎にとって、今この世界で最も尊いもの。差し出された包みの中には、真っ白のパンツが一枚入っていた。


「あんた……、ありがとう!!」


 太郎は心の底から感謝した。

 思わず手を差し出したが、今でこそマントをエプロン状にして事なきを得ているが、先ほどまで、その手でしっかりがっちり股間を抑えていたのを全員が見ている。

 握手をそっと断られ、太郎は気まずそうに手を引っ込めてパンツを履いた。


 平時なら「何で一緒に上着やズボンも持ってこないんだ」と誰かしらが思ったに違いない。しかし、あの勇者が全裸で、さらにはクラリッサに馬乗りになられて罵られていた、という非現実的な状況が冷静な判断をできなくしていた。

 とにかく下着を、と全員の気持ちが一致した結果、全裸にマントという完全アウトの状態から、パンツ一丁にマントという、ぎりぎりセーフの姿に。


 とりあえず股間が隠れたことに皆が胸をなで下ろす中で、捕まる心配がなくなった太郎に怖いものは無い。


「よし。完璧だ。これで捕まることもない。聖女様がこう言ってんだからさ、そろそろ、これ外してくれよ」

「仕方ないな……。本当に、その、勇者殿なのか?」

「ええ。間違いありません。彼が勇者様です」


 しぶしぶと言った様子でクラリッサがリリアナに尋ねながら手錠を外すと太郎はマントを背中側へと勢いよく回した。


 リリアナの言葉もあって、太郎を勇者と認めざるを得ないクラリッサだが、納得できずに難しい顔をしている。彼女の中で勇者に対する思い入れがあるようで、こんな変態を勇者と認めたくなかった。


「それでは勇者様、一度神殿で身なりを整えたいと思います」

「あ、はい。わかりました」


 リリアナに案内される形で地上へと向かうと、地下牢に連れていかれる前に見た街の風景に目を奪われた。

 必死に首を動かしている姿を見て、リリアナが微笑んでいる。


「勇者様のお国は、この街のような雰囲気とは違うのですか?」

「全然違いますね。馬車なんて初めて見ました」


 通りを二頭立ての馬車が走り去っていくのを見て、太郎が興奮したように言っていた。


 隣を歩くリリアナと他愛ない話をしながら歩いていくが、やたらと市民たちの視線がリリアナと太郎に向けられていた。リリアナも側近たちも、最低の姿を見てしまっている為、今の太郎の姿を見ても、そこまで酷い格好じゃないと感じてしまっている。


 だが初見ではそうもいかない。

 正面から巡回で歩いてきた憲兵らが、太郎をじっと見つめる。明らかに疑念と困惑に満ちた視線だった。

 パンツ姿に、聖女が身に着けるはずの白いマントをはためかせながら、往来を自信ありげに歩く男の姿。限りなくアウトな風貌だが、隣にいる聖女リリアナと楽し気に雑談していることで、憲兵たちは何も言えなかった。


 石造りの大通りを抜け、リリアナの案内で曲がった先にひときわ大きな建物が見えてくる。

 今までこのような建物を見たことが無かった太郎は、無意識に息を呑む。そして急に自身の服装が相応しくないことに気づき始めたが、どうすることもできない。せめて姿勢だけは、と背筋を伸ばしてリリアナに付いていく。


 入り口の巨大な扉は、見上げるほどの高さがあった。太郎は口を開けてその扉を見上げると、ある模様を見つける。

 中央のやや上に女神を模したレリーフが彫られていたのだ。その女神は、太郎があの神殿で見た本人そっくりだった。先ほどまで緊張していた太郎だったが、女神の面を見た途端に厳かな気持ちは霧散していた。


 中に入ると、呼吸音が聞こえるほどの静寂に包まれている。外の喧騒は聞こえない。外界と遮断されたと錯覚するほどだった。正面奥には、彫刻が入った白い柱に囲まれるようにして、女神の石像が置かれている祭壇が見える。


 リリアナと壁沿いを歩いていると、備え付けられている長椅子に誰も座っていないことに太郎は気づいた。


「街の人はあまり利用しないんですか? 教会みたいな感じっぽいのに」

「こちらは催事や式典の時にしか開放していないのです」

「なるほど」


 祭壇を横に抜け、奥の廊下へと進んで奥の扉をリリアナが開いた。その部屋は、神殿の関係者が詰める静かな部屋だ。机と椅子が並び、仕事場のような雰囲気がある。

 リリアナと共に入ってきた太郎へと視線が集まるが、彼女が勇者を迎えに飛び出して行ったことを知っているため、パンツとマント姿の理解に苦しむ格好の彼が勇者だと察した。


「お掛けになってお待ちください」


 リリアナがそう言うと部屋を後にした。

 彼女の言う通りに太郎は空いている椅子に座り辺りを見回す。すると部屋の一角に小さな祭壇があるのを見つけた。その中に小さな女神像がちょこんと鎮座している。


 祭壇を眺める太郎に、戻ってきたリリアナが包みを手渡した。


「こちらをお召しください。私どもの服で申し訳ないですが……」

「おおおっ……! ありがてぇ……!」


 包みを開けると、中にはシャツに上着、ズボン、靴下、そして靴まで入っている。リリアナが『私どもの服』と言っていたが法衣という訳ではなく、街中を行き交っていた市民が着るような見た目だが、所々に神殿のマークが入っていた。

 太郎の目にうっすら涙がにじむ。これでようやく、人間らしい格好ができると喜んだ。


 マントを外すと太郎の身体が光った。

 脱いだことで力が発動しているが、太郎は構わずシャツを着る。サイズもぴったりで問題ない。上着もすんなりと腕を通る。ズボンもウエストぴったりだ。

 ただ、女神に貰った力が発動し、身体が光った太郎を見たリリアナの表情が、少しおかしいことに太郎は気づいていない。


「文明開化の音が響き渡る……!」


 太郎はウキウキで靴下を手に取った。そして右足を通したが、その瞬間――。

 パァン!


「え?」


 突然、乾いた破裂音が部屋に響く。

 見ると靴下が弾け飛んでいる。手で掴んでいた部分以外、文字通り消し飛んでいた。

 まさかな、と太郎は戸惑いながら、無事だった片方を履いてみるが――パァン!

 またしても靴下が見る影もなく飛び散った。


「おかしいだろ! なんで!? なんで靴下が爆発するんだ!?」


 焦る太郎は、今度は靴を履こうとするが、履いた瞬間――。

 ボンッ。

 やはり爆発した。逆の足でも結果は同じだった。


「あの、勇者様……? これは一体……」


 リリアナが戸惑った様子で太郎をみていた。部屋にいる他の者たちも顔を見合わせ、明らかに困惑している。


「いや、俺にも何が何だか…………あっ」


 太郎がリリアナに説明している最中に、何か思い出した様子で小さく声を上げる中、太郎の脳裏にあの言葉が過る。

 『野球拳で靴下を脱ぐなんて認められない』という女神の言葉だ。太郎は小さな祭壇の女神像に駆け寄った。


「おい女神! 聞いてんだろ! ふざけんなよ!? なんで靴下が爆発するんだよ!?」


 叫んだ瞬間だった。女神像がぼんやりと光りはじめたのと同時に、太郎の身体も光を放つ。


「勇者様!?」

「ちょっとノーソックス教の女神と話付けてくるわ」


 リリアナの心配する声が響く中、光に包まれた太郎は、またしても女神のもとに召喚されたのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る