第31話 憲兵の仕事

 憲兵とは軍内における警察だ。当然、部隊の指揮権などはない。ところが、指示して、従わないものはどんどんしょっぴいているという。

「つまり、一悶着あった上での今、というわけだな」

「はい。そのせいで人間は皆不機嫌ですな。てっきり中尉もそうかと」

「俺は取り調べというか、あれこれ尋ねられたが、扱いについては丁重で、それほど不合理という感じでもなかったな。憲兵は敵の間者を紛れ込ませていることを警戒しているのかもしれん」

「なるほど、匂いでわかりそうなものですが」

「獣人ならそうするだろうな」

 実際には、憲兵に獣人はいない。差別、というのもあるんだろうが、それ以上に獣人の性格が憲兵に向いていない。獣人は良くも悪くも私有の概念が薄いのだ。例えば窃盗。これを犯罪と認識できないことが多々ある。彼らは置いたものに所有権があるというのを中々理解しない。

 もっともそのあたりは使い方次第だろう。俺ならうまくやれる、と思うところはある。もっとも、国境警備隊に回されるような俺の評価じゃ、逆立ちしても憲兵にはなれそうもないが。

「しかしまあ、敵が迫っているというのにこんなところで足止めされたんじゃたまらんな。はやく補給を受けて戦いたいのだが」

「さすが中尉です。獣人の多くもそう思っております」

 そんなやり取りをしていたら、またも憲兵からお呼びがかかった。

「またか」

「万が一の時があります。もしもの時は指笛を鳴らしてください」

「分かった。が、そんなことにならんことを祈ってるよ」

 俺は憲兵に先導されて歩いた。俺から事情聴取していた憲兵大尉が立って待っていた。

 およそ、軍隊で上官が立って待っているということほどろくでもない事態もない。良くない事を申し付けられるに決まっている」

「良く来てくれた。”大尉”」

「自分は中尉でありますが」

「今から一五分前から大尉だよ。ちゃんと辞令も階級章もある」

 俺は憲兵大尉が机に置いた辞令を片目で見た。正直、訝しんでいる。負けて出世とは何事だ。降格よりも嫌な予感しかない。

 しかめているであろう自分の表情を自覚しながら、俺は口を開いた。

「インクが乾いてないようですが」

「今書いたからね。とはいえ、全ては本物だ、既に写しは後方に送られている。ゼフィール大尉」

「命令書もある、というわけですね」

「そのとおりだ」

 良くできました、という様子で憲兵大尉は言った。憲兵が歩兵士官の人事に口を出すというのは聞いたこともないし、それに裁可が出るなんぞ想像もできない。俺の表情をどう読んだのか、憲兵大尉は多少言葉遣いを変えた。ざっくばらんな調子に切り替えた。

「非常事態なのだ。これ以上ないというほどに」

「それについては同意します」

「まず、我軍は敵に奇襲を受けた」

「はい」

「軍は可能な限り急いで動いているが、残念ながら防衛線の展開は間に合っていない。防衛線を急いで展開できたとしても、数日で防衛線をここまで上げることは無理だろう」

 それはまあ、分かるところであった。諜報部門の間抜けめ。

 ところで我がミーデシア陸軍では、憲兵が警察のほか諜報の任務を請け負っていた。なるほど? 眼の前のやつらが原因か?

「大尉は勘違いをしているようだが……」

「何をです?」

「憲兵の仕事は警察任務や諜報だけではない。督戦もまた仕事だ」

 あー。士気の低い味方を後ろから撃つやつ。なるほど。偏見が大いに混じっているが、確かにそういう仕事は憲兵向きだ。嫌われ者を進んでやるような仕事だから。

 憲兵大尉の言葉で、この先が大体読めてしまった。

「つまり、この街を守って戦ったというアリバイが欲しいわけですね」

 俺がそう言うと、憲兵大尉は大仰に両手をあげた。

「人聞きが悪いことを言う。もしここを守れたら、最高だ。それができたのなら、いくつでも勲章を用意しよう」

「守れたら、でしょう」

 実際には、一日どころか数時間の防衛だって怪しい。敵の数が多すぎる。

「ここだけの話だが、この際守れなくてもいい。生き延びてたら勲章を渡す予定だ。もちろん、獣人にも」

 なんだこいつと思ったが、怒るのはやめにした。大隊長を思い出し、あの人はずっとマシだったのだなと、今更理解した。だから国境警備隊に回されたんだろうが。

 俺は憲兵大尉を軽蔑したが、なるべくそれが出ないようにした。自分のため、ではない。部下のためでもない。今この瞬間だけは、筋として亡き大隊長の部下として振る舞おうと決めたからだ。

「敵は降伏した国境の街で大規模な略奪をやらかしています。行儀は非常に悪いと言ってもいい。アリバイなんて悠長な話ではなく、住民を逃がすべきです。そしてそのためなら、私も時間稼ぎのために戦う意思があります」

「それが君の条件かね?」

「軍人としての当たり前の話をしています」

 俺の言い方をどう思ったか、憲兵大尉は片方の眉をしかめた。

「ふむ。君が優秀ながら国境警備隊に回された理由が分かった気がする」

「もうすぐ戦死させるからって色々ぶっちゃけすぎでは」

「ああ、大尉、安心したまえ。別に君を二階級特進させるつもりはないんだ。信じてもらえないかもしれないが」

「どこまで戦わせるかはあとで伺うとして、住民の避難を」

 憲兵大尉はため息をついた。

「まったく出世できん男だな。正直にいうと最高だ。ぜひ生き残ってもらいたい。他言無用だが、一部住民の避難は既に始まっている。補給を運ぶついでに、な」

 この街の立地条件からして、おそらく国境の街と似たりよったりの避難行動になっているはずだ。つまり川船を利用して輸送しているはず。

「船ですね」

「ああ。高額納税者から順に輸送している」

 いや、本当に大隊長は立派な人だったんだな。そんな人を前に降伏と街を捨てての撤退を進言していた自分が恥ずかしい。あれじゃあ眼前の憲兵大尉となんらかわるところがない。

「そう怖い顔をしないでもいい。避難において一番邪魔になるのを最初に排除しただけだ。それに無条件というわけでもない。相応の物資を融通してもらっている」

 憲兵大尉はそんなことを言った。

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