稀代の悪女、三度目の人生で【無才無能】を楽しむ/嵐華子
<夜十時のシンデレラ>
「ということで、魔法具の起動ワードは『パステルプリズム・ドレス・アーップ!』よ。それっぽいポーズも必要だから、教えるわ」
そう言って、目の前に立つ令嬢に説明を始めた。
身バレ防止の為、お手製のひょっとこ面を装着し、髪色も魔法で茶色に変えた私は、
ロベニア国屈指と言わしめる、リュンヌォンブル商会の専属デザイナー。それが私の隠れたお仕事の一つ。
もちろん由緒正しいロブール家の嫡子、ラビアンジェ=ロブール公女だなんて、口が裂けても言わない。
今回のような新規のお客様のドレスは、お得意様から紹介を受けた場合に限り、発注を受けつけるようにしてある。
今回は、ロベニア国外交長官を父に持つ、フォルメイト侯爵令嬢からの紹介になる。
私がデザインし、魔法具に組み込んだのは、数時間後に王城で開かれる、デビュタントボール用のドレス。
我が国の令嬢のデビュタントボールは、成人を迎える十五歳から、学園を十九歳で卒業するまでを対象に、王城で王家主催の下、行われる。
フルット嬢は、打ち合わせした通りのお化粧を済ませ、ドレス用の下着姿。
つまり準備万端! ここからは私の腕の見せ所よ!
「……どうしてそんな起動ワード……え、ポーズ?」
前世は魔法のない世界の日本人として、八十六歳まで生きた記憶がある。そのせいか、どうしても孫のように見てしまう。
孫と幾つかのアニメ番組で、小道具を使って変身するシーンを観ていた。更に孫からおねだりされ、小道具を購入したり、手作りもしていたのが、なんとも懐かしい。
当然だけれど変身グッズも、アニメの変身シーンも、細部まで記憶している。
せっかく魔法がある世界に転生したし、何より貴族が着るドレスは、お高い。
特にデビュタントボール用ともなれば、貴族と言えど気合いの入った高額商品となる。
だからこそ、退屈なお着替えタイムなんて、申し訳ないわ! 前世の孫がそうだったように、お婆ちゃんは変身シーンを再現して、関わるご令嬢に心から喜んでもらいたいのよ!
なんて
だから日本で未成年とされる年齢のデビュタント令嬢には、いつも無料でオプションをつける。
前世を八十六歳で死んだお婆ちゃんには、乙女が心に秘める変身願望なんて、お見通し!
特に今回の令嬢は、日本でいうところの中学生! 小学生がノリノリで決めポーズをするのとは違って、思春期
けれどそれは全て、ホルモンのせい! 中身がお婆ちゃんな私は、わかっていてよ!
だって私、前世で中学校に入学した孫の一人が、幼稚園に通う妹の
「うふふ、変身願望を満たす素敵アイテムには、やっぱりキメのセリフと各種ポーズが必要でしょう! 心配しなくても、ドレスは私、月影が手掛けた正真正銘のキラキラドレス! 変身中の光の演出にもこだわった、素敵な魔法具だから、安心なさって!」
胸を張って力説するも、フルット嬢はまだ不安そうね?
「変身? 光の演出って何? 不安しかない……」
「あ、それから変身は、夜十時に王城の鐘が鳴り終わると解除されるわ」
「夜十時!? デビュタントは、夕方から始まるのよ!?」
「だってほら。未成年者は、夜の十時を越えて働いちゃいけません、公共の施設利用も認めません、ていう労働基準法や規律があるもの」
「労働……基準法? 規律?」
「ええ、そうよ」
フルット嬢は、どうして不思議そうなお顔を……あらあら? そういえば、労働基準法も規律も、前世日本のものだったわ。
けれど……。
「いつからか、十八歳未満のデビュタントボール参加者は、夜十時に退席する風習ができているわ。ちょうど、私のデザインするドレスが流行り始めた頃……そうね、今や社交界を牽引すると言わしめる令嬢達が、十八歳未満だった頃からだから、今では暗黙の了解よ。問題ないわ」
「それは……聞いた事があるけど……」
口ごもるフルット嬢とは違い、ロブール公女としての私自身は、十七歳になった今も、デビュタントボールへの参加はしていない。
貴族のしがらみに縛られたくないわ。このまま一生しないつもりよ。
「それに夜ふかしは美容に悪いもの。早寝早起き朝ごはんは、健康長寿の秘訣よ。という事で、シンデレラは夜十時に魔法が解ける設定だと思って」
「シンデレラ?」
「とある国に伝わる、お伽噺のヒロインよ。外見を磨いて王子に好印象を残すのだけれど、潔く去る事で王子のハンター魂に火をつけて、見事に妃の座をゲットするわ。高度なモテテクでしょう。貴女もだらだら舞踏会に参加し続けるより、意中の相手に最短で好意を残した上で、潔く去りなさいな。素敵な未来に繋がるかもしれないわ」
「そ、そう言われれば、そんな気がしてきたわ。時間もないし、早くドレスアップさせてちょうだい」
「もちろんよ」
そうして私が、変身用魔法具の説明をした後……
「パステルプリズム・ドレス・アーップ!」
フルット嬢は、私が考えた振り付けと共に、声高々に起動ワードを叫んだ。
フルット嬢を中心に、部屋は色とりどりのパステルライトに包まれる。
某アニメ番組を再現するかのように、魔法具から現れた純白のドレスとアクセサリーパーツが、フルット嬢に装着されていく。
最後にフルット嬢は決めポーズをしっかり決め、お顔をほんのり赤く染めて震えて、
「ブラボー! 最後まで素敵な変身だったわ! 震えるなんて! 嬉し楽しんでいただけたようで、光栄よ!」
「くっ、全力の善意感……ドレスは素晴らしいデザインなのに……」
「お褒め頂けたのも、光栄よ!」
「褒めてない……フォルメイト侯爵令嬢に言われた通り、侍女達を下げておいて正解だった……見られてたら……恥ずか死んじゃう……」
「え? 何て? って、まあまあ? そんなに慌てて行かなくても……」
――パタン。
フルット嬢ったら。余程、興奮したのね。頰の赤みを増しながら、何か呟きながら、部屋を凄い勢いで出てしまったわ。
特に最後の言葉は、声が小さすぎるのと、部屋のドアを開閉した音のせいで、聞き取れなかった。何て言ったのかしら?
とか思いつつ、ひとまず後片づけをしていれば……。
「あらあら? これ、確か着替え用のワンピースよね? ハンガーに掛けられっぱなし? フルット嬢が出て行くのが早すぎて、変身コンパクトミラーに収納したか確認するの、すっかり忘れていたわ。もしも
ドアの前に立ててあった、衝立の向こう側。そこに引っ掛けてあったワンピースを見て、一人呟いた。
※※※※
――リーンゴーン……。
いつの頃からかしら? デビュタントボールの日は、夜十時にお城の鐘が鳴るようになった。
「きゃー! 着替えを魔法具に収納するの、忘れていたわ! ごめんなさい、道をお空けになってー!」
鐘が鳴り響く中、お城の通路を走るのは、フルット嬢。
通路には、まばらに白いドレスに身を包んでいる他の令嬢達がいる。皆、歩いて帰路へついている。
そんな令嬢達の間を縫うようにして、フルット嬢は必死の形相で進む。
けれど馬車停まで、まだ距離がある。
「きっと間に合わないわね?」
通路から少し離れた茂みの奥で、三角帽子の、いかにも前世の魔女っぽい出で立ちに着替えた私は、そう言葉を漏らした。
今回は、おかめ面を装着している。
風魔法を使い、自分の声をフルット嬢へ届けて、コチラへ来るよう伝えれば、息を切らせて現れた。
途端に鐘が鳴り終わり、予想通りフルット嬢が下着姿になりそうなところで、私は用意していたステッキを握って、振る。
ちなみに前世のアニメで出てくる、魔法使いのお婆ちゃんが持っていそうな、懐かし再現ステッキよ。
「トゥインクル、トゥインクル~」
「あ、ありがとう。助かったけれど……その仮面、こんな暗がりに、その出で立ちだと不気味すぎるわ。え、リュンヌォンブル商会の月影よね? やだ、変質者だった!?」
「変質者だなんて酷いわ。アフターケアに来た、月影よ。はい、コレ」
言いながら、今度は懐から小さなカボチャを取り出す。
ちなみに亜空間収納魔法を使って、それらしく取り出したわ。
「……え、カボチャ? どうして中をくり抜いて、お化け風の顔を彫って、木製の車輪を突き刺して……」
「シンデレラと言えば、やっぱりカボチャの馬車と、魔法使いのお婆ちゃんはマストアイテムよ。トゥインクル、トゥインクル~」
ステッキを振って、魔法でカボチャ馬車を大きくする。
「さあさ、ちょっぴり中はフレッシュでウエットだけれど、乗りこんでちょうだい。今日だけの、出血大サービスよ。次はないわ」
「ちょっ、これ、カボチャの中身をくり抜いたばかりじゃないの!? 座席が湿ってて、カボチャ特有の臭いが……」
「トゥインクル、トゥインクル~。あ、この馬車は秘匿しておいてちょうだいね~」
魔法で、馬車ごとフルット嬢を自宅に転移させた。いくら魔法の世界とはいえ、カボチャを自動走行させる魔法はない。
フルット嬢には、最後に釘を刺した。けれど心配は、していない。こんな時の為に、私の手がけるドレスは人伝でしか引き受けないのだから。
口を堅くしておかないと、仲介した令嬢の面子も含め、後から信用を失いかねないもの。
そう思っていた時、空に浮かぶ雲が晴れ、満月が顔を出す。
「……そう。今夜は満月だったのね」
遠くの方から、緩やかな曲が聞こえてきた。夜十時を越えても、会場にいる貴族達は大勢いる。
そんな貴族達の為の、ワルツ曲でしょうね。
「そこにいるのは……まさかとは思うが、その仮面……」
その時、通路の方から聞き覚えのある男性の声がした。コチラへ歩いてくる。
「ラビアンジェか? 絶対、そうだろう。お前の住む離れの壁に、怪しい仮面が二つ掛けてあったが、その内の一つだな。何でそんな格好……ハッ、まさか……」
私の目の前に立ったのは、兄のミハイル=ロブール。
そういえば四大公爵家であるロブール家は、家と縁のある令嬢達のデビュタントボールに、本家当主として出席する事が義務づけられている。
当主である私達の父親は、この国の魔法師団長として、デビュタントボール中、警備を任される。
そんな父親の代わりに、兄が次期当主として出席する事が、過去にもあった。
「今日の舞踏会を仮装大会と勘違いして、出席しようとしたのか?」
なんて思っていれば、兄がかなり困惑して、妙な勘違いをしているわ?
「ふふふ、違ったのかしら? ちょうど音楽も聞こえてますし、折角ですから、ダンスはいかが?」
どうしてそんな勘違いをしたのかしら? けれど、これはこれで好都合ね。
適当に流しつつ、ダンスに誘う。
「学園の淑女科ならまだしも、お前は魔法具科を専攻したせいで、ダンスを習っていないだろう。我が邸でも、そうした教養から逃走してきたのに、踊れるのか?」
「人が踊っているのは、何度か見てましたわ。問題なくてよ」
胸を張って答える。
けれど本当は、前世で旦那さんと、健康老人社交ダンスの会に所属していたからか、学園でダンスしている学生達を見ているだけで覚えてしまった。
「……そうか。今、微かに聞こえているのはワルツ曲だ。ちょうどいい」
兄が風魔法で集音して、私達の耳に届く音を大きくしてから、私の帽子とお面を外して、地面に置く。更に私の髪を軽く撫で、髪を元の桃金色に戻した。
「貴女が初めて踊る栄誉を、私にいただけますか」
そう言って私に手を差し出す、見目の良い兄。それこそ、シンデレラに登場する王子様みたい。
思えば今世では、確かに初めてのダンスになる。
「もちろんよ、お兄様」
もしかすると、まともに踊るのは最初で最後かもしれない。そう思いつつ、兄の手を取った。
月光に照らされながら兄と踊るワルツは、前世の旦那さんを思い出させて……私の心を温かい気持ちで満たしてくれた。
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