想いの自覚

よく見慣れた天井をぼんやりと見上げ、ふと袿に重みを感じる視線をずらすと茵の傍らにうずくまるように眠る菊華残る姿が目に入り、ドキリと胸が高鳴った。

そっと起こさないように、体を起こしあたりを見まわす。

背中が痛む以外、体に違和感はない。

顔にかかった髪を耳に掛けてやると、幼い寝顔が現れた。


「菊華・・・。」

「・・・ん?」


しばらく眠そうな表情をし、目元を擦る仕草をし更に幼く見えた。

とはいえ彼女は18歳で、立派な成人した女性だ。

可愛いのは確かだがそれを伝えたら怒るだろうか?


「・・・はる・・・・ひと、さま?」

「おはよう、菊華。」


目があった所で、体を起こした菊華に一気に勢いよく抱きしめられた。

その勢いでそのまま後ろへと倒れ込んだ。

背中の痛みに一瞬息が詰まったものの、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる菊華にどう対処すべきか考えるべきではあるが、ひとまず気が済むまでこのままにさせておくのが良さそうだと判断した。

なにせ離れる気配はないし、青龍殿たちも現れない。

しばらくすると、聞き慣れた足音が聞こえてきた。

この足音は、乳兄弟の敦成あつひらだろう。


「春仁さま、お目覚めですか?」


御簾を上げ室内に入ってきた乳兄弟で武官の敦成は、室内の状況に一瞬固まる。


「敦成、悪いが体を起こすのを手伝ってくれ。菊華が離れないからこのまま。ただ、この体勢は少し体に触る。」

「そういうことは早く言ってください!!!」


パッと体を離すと、敦成は春宮さまが体を起こすのを手伝う。

顔を真っ赤にして、少し潤んだ瞳で睨まれた所で全く効果はない。


「菊華は可愛いな。」

「なっ!」

「春宮さま。どういう状況なのかご説明をいただけますか?私は“倒れた“と衆生から聞いて、朝一で参内したのですが。」

「倒れたのは事実だぞ?突風に吹き飛ばされた。」

「では、姫君と一緒に宴を抜け出した。という噂も事実だったという事ですね。」


抜け出したのは事実だけど、何か尾ひれがついてそうだなぁ。


「敦成さま、その噂の詳細どうなってますか?」

「は?」

「噂ですよ、噂!!私も春宮さまとずっと室内にいましたがそんなに時間は経ていませんよね?!なのに、噂って!どんな尾ひれ背びれ胸びれまでついた噂が流れてるんですか?!」

「菊華、落ち着け。大丈夫だから。」

「春仁さまは黙ってて下さい。それで?一体どんな内容なんですか?嫌な予感はしていたんですよ、木の王のあの場所に座らされた時から。」

「・・・・もしかして、時平・・・・か?」

「今そこですか?!そこは一目で分かって下さいよ!」

「いや、どう考えても無理だろう?!お前の性別は、女だったのか?!」


きゃあんきゃんといい愛をする乳兄弟と菊華のやり取りを眺めていたが、第三者の足音が微かに聞こえた時点でピタリと言い合いをやめ、身なりを軽く整えた菊華は檜扇を開き、顔を隠す。


「春宮殿下、お目覚めでしょうか?朝食をお持ちいたしますが、食欲はおありでしょうか?」

「あぁ。頼む。悪いがあと2人分用意してくれ。」

「かしこまりました。」


衣擦れの音と入れ替わりに現れたのは、薬司から来た医師と晴明さまだった。


「お加減はいかがですか?吐き気や痛みはございませんか?」

「大丈夫だ。背に少し痛みがあるが吐き気などは一切ない。」

「無理はなさらず、しばらくは安静なさって下さい。何かございましたら、すぐにお呼びいただきますよう。」

「分かった。」


そう言い、医師は梨壺を後にした。


残されたのは春宮さま、敦成さま、晴明さま、私の4人だ。

これは事情を説明しなければならないのは私なのだが、何よりまだ調べ出したものが帰ってきていないのでなんともいえない状態だったりする。

ひとまずは、準備していただいた朝餉を頂きつつ事件の内容を説明することにした。

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