ホラー短編集『黒羽村の刃』

アフレコ

『黒羽村の刃』上

雑誌ウー編集部に一通のメールが届いた。

差出人は高校二年生の少女「遠山 花」からだ。


「祖父が亡くなりました。

 家に伝わるあの刃をどうすればいいのか……怖いのです」



──そう始まる文章は、異様なほど生々しかった。


彼女の祖父はかつて山師として生きた男。


山に発破を仕掛け崩した岩を砕いては売りさばく。

自然を壊すことで富を得た家系だった。


晩年、病に伏した祖父は痴呆が始まり、

うわ言のように繰り返したという。



「ああ……俺は、やっちゃならんことをした……バチが当たる」



その「やっちゃならんこと」とは何だったのか。

問いかけても答えは濁りやがて祖父は逝った。


だが花の父親の記憶にはひとつの出来事が深く残っていた。



まだ若い頃祖父の仕事を手伝っていたときのこと。

崩れた山肌から石仏が姿を現したのだ。


それは長い年月を経てもなお静かに佇んでいた。


しかし信仰心のない祖父は石仏をただの石と見なし、

砕石処理へと回してしまった。



──そして、その石仏の背後から出てきたもの。



錆びつき刃が鋸のようにギザついた古い鎌。


土地の言葉で「加州鎌」と呼ばれる鋸鎌である。

奉納品なのかそれともいわく付きの刃なのか。


父は手ぬぐいでそれを包み納屋にしまい込んだ。




時は昭和後期。


会社は傾き始めやがて祖父は卒中で倒れ寝たきりとなった。


家族が増え納屋を崩して子供部屋を作ることになった時

あの刃は再び姿を現す。


父は昔を思い出し目を伏せながら語った。



「石仏を壊したのは……間違いだったのかもしれん」



その翌年、父は癌を患いあっけなく亡くなった。

続くように祖父も息を引き取る。


残された家族には次々と不幸が訪れた。


長男は大学を辞め引きこもり正気を失った。

次男は結婚一年で離婚し戻ってきた。

長女は東京で就職したあと、連絡が途絶えた。


そして彼女自身は──高校二年生。


家の中には笑い声ひとつなく、ただ冷えた沈黙が漂っている。



「うちは、呪われているのかも。 祖父とこの刃のせいだと思う。

   どうしたらいいのか……助けてください」



必死の叫びは、読む者の胸をざわつかせた。


編集長はすぐに決断した。

この相談は、陽平に任せるしかない。




「黒羽村か……」



転送されたメールを読み終えた陽平の口から、重い声が漏れる。


  ──あの「くくり様」を取材した廃村の隣にある村だ。



「取材費出るんでしょ?行こうよ!」



バイト代を受け取りにきた梨花の瞳がキラキラと輝く。

怖ければ怖いほど、視聴者数は伸びる。


前回の東尋坊で恐怖を味わいながら肝心のカメラを回し損ねた悔しさを

まだ引きずっていた。


「今度こそ、逃さないから」


拳を握る梨花の横顔を見て陽平は短く言った。


「行くか」


そして二人は車に乗り込んだ。


途中、鳥越村に立ち寄り古民家づくりの「長介」で十割蕎麦を堪能する。

深い香りとしっかりした歯ごたえに一瞬だけ取材の緊張が緩んだ。


だが、向かう先には蕎麦の味をかき消すほどの闇が待っている。



「黒羽村…」


石仏を砕かれた山と納屋に残る刃の村。


二人の新たな怪異譚が、今幕を開けようとしていた──。

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