第20話 リュネットちゃんを独占したい!
「二人とも、ちょっと着替えてきてもいいかな?」
リヒト(メイドのすがた)が妙にそわそわしていた。頬を淡く紅色に染めて、そわそわして恥じらっているような。
ポラリスはつい可愛いな、なんて思う。
「あれ? 明日までリューちゃんでいるんじゃなかったっけ?」
セレッソが頭上に疑問符を浮かべた。黒い猫耳が不思議そうにぴょこぴょこしている。
確かに。ポラリスは今日と明日リュネット(と名乗っているリヒト)にお世話してもらう予定だったはず。
まあ今回リュネットが登場したのは、今朝の重大な出来事があってポラリスとリヒトの間に気まずい空気が充満しきっていたからである。
甘やかな『お仕置き』も経てすっかり気まずさという白い霧が解消された今は、必ずしももうリュネットちゃんでいる必要はない。
とはいえ、なぜ今なのだろう。ポラリスも小首をかしげる。
リヒトがポラリスを見てはにかんだ。
「なんだか……この格好を君に見つめられるのが恥ずかしくてさ……」
病室に備えられているシャワールームの脱衣所を借りて、リヒトが着替えに行ったあと。
「ポラリス様に見つめられてあんなに恥ずかしがるとは……フローレスくんも男の子ねえ」
何やら納得したようにうんうんとうなずきながら、セレッソが小声でつぶやく。
「しかし気になるのですが……リヒトさんのあのお姿は、今回がお初ではないですよね? 妙に慣れていらっしゃいましたし……あのメイド服も、リヒトさんに合わせた特注のものですよね」
今度はポラリスが疑問符がを浮かべる番だった。この世界には彼女が知らないことが多すぎる。
「ご名答ですポラリス様。リューちゃんは以前からクレアシオン神殿にいたんですよ」
「それは、どうしてですか?」
セレッソは淡く笑んで説明を始めた。
「確かフローレスくんが神殿騎士となってから半年くらい経った頃でしたね。我がクレアシオン神殿の侍女や女性事務官を狙った付きまといがいたんですよ」
「え……?」
「かくいう私も被害をくらった一人なのですが……あんな気味の悪い思いはもうこりごりです」
「それは大変でしたね……」
ポラリスの通うオルタンシア女子高校でも、かつて似たような事案が発生していたと聞く。主に近隣の大学生によるナンパだったらしいが、しつこい連中も多くて生徒の誰もが辟易していたという。
セキュリティや見回りが強化されて付きまといはようやくなくなったとのことだが、ポラリスたちも登下校時には気をつけるようきつく注意されている。
悪いのは付きまとう奴らなのだから、被害を受ける女子生徒側ばかりが注意を受けるというのも業腹だ。
「ええ。警察も何か起きないとなかなか動いてくれませんから……それじゃまずいからと、フローレスくんが動いてくれたのです」
成人男性、それも鍛えた騎士の体に合うメイド服を特注したので、少しだけ時間はかかってしまったが。
自身の美貌を生かして侍女に扮したリヒトが、あえて自分から変質者に接近して取り押さえたのだった。
「その時のメイド服姿が案外好評でして……。それからリュネット・フィオレンツァちゃんは会うと幸せになれるクレアシオン神殿のレアキャラとなったのです。もしかしたら現在我が神殿一番の人気かもしれません」
「人気があるのですか……?」
「ええ、ええ。シレンシオにはリューちゃんのファンが、実はたくさんいるのですよ」
「リヒトさんにたくさん、ファンが……」
ポラリスの脳内にリヒト(メイドのすがた)が大勢の人々に囲まれてきゃっきゃされている場面が浮かんでしまった。
――なんだか、もやもやする。
「あの、セレッソさん……」
「どうされましたか?」
「ファンだという方々には申しわけありませんが…………リュネットちゃんを私の専属メイドにしていただくことはできませんか?」
思い切って言ったポラリスに、セレッソはなるほどといった様子でうなずく。
「ご安心ください。実はリューちゃんはすでにポラリス様の専属メイドになっていますよ」
「そうなんですか?」
「ええ、フローレスくんのほうから、そのような希望があったんです」
「そうですか……そうだったのですね……」
ポラリスは安堵の息を吐いた。
そこまでリヒトが自分のために動いてくれていることへの感謝も沸き上がる。
「ごめんなさい、大人げなくやきもちを焼いてしまって」
「良いんですよポラリス様。嫉妬してしまうのは自然なことです」
――これが、『嫉妬』するってことなんだ。
今まで気づかなかった自分の感情に、ポラリスは戸惑いながらも嬉しくなった。
リヒトと一緒にいたことで、また『嬉しい』がひとつ増えた。
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