第15話 美人メイド☆リュネットちゃん

 ベッドに横たわりながら、ポラリスは後悔の念に駆られていた。


 ――傷つけてしまった。


 世界で一番大切と言って過言でないリヒトに、ひどすぎる言葉を石ころみたいに投げつけた。

 彼はちょっと仕事で忙しかっただけなのに。仕方なかったのに。忙しい合間に会いに来てくれたこともあったのに。


 罵詈雑言ばりぞうごんをぶつけられたリヒトは今、どんな気持ちでいるのだろう? 少なくとも良い気持ちではないはずだ。

 それに衝動的に、屋上のフェンスを越えようとしたことも。


 ポラリスは苦しみや寂しさから逃れたかったが、本当に死にたかったわけではない。

 自分の命を粗末にする真似までしてしまい、誰にも合わせる顔がなかった。


 ――誰か、誰か私を叱ってください。


 ぱりっとした白いシーツのベッドで、ポラリスは必死の思いで虚空こくうを見つめる。


 ――もしかしたらリヒトさんとは一緒にいられなくなってしまうかもしれない。それくらいのことをしてしまったもの。


 屋上から去る時のリヒトは明らかに深い傷を負った顔をしていた。


 ――私だったら、リヒトさんが死のうとしてもそばにいたいけど。


 今彼は怒っている? 嘆いている? それとも悲しんでいる?


 ――リヒトさんも、そう思ってくれているなんて、思えない。


 自分の目の前で死のうとした人間と一緒にいたいだなんて、よほど大切な相手出ない限り思わないだろう。

 挙げ句ポラリスは大好きな男の子に、大きらいとまで叫んでしまった。


 一度言ってしまった言葉は、取り消せない。

 自分がイヴォンやリーヴィアにされて嫌だったことをしてしまった。

 

 こんな風になりたくなかった。せっかく再会できた人なのだ、もっと優しくしたかったのに。


「失礼致します、ポラリス様。セレッソ・ロサです」


 ドアがノックされたので、ポラリスも何とか返事を返す。


「はい……」


 守護騎士の交代を伝えに来たのかもしれない。ポラリスは覚悟を決めた。


 リヒトと中学時代からの友人同士という妖精猫の侍女は、柔らかな微笑と共にベッドの傍らに立った。

 いつも明朗なセレッソのことだ、きっと今も無理して笑ってくれているのではないだろうか。


「具合はいかかですか?」


「だいぶ……落ち着きました。ごめんなさい……」

「ええ、フローレスくんも心配していますよ」


「もうリヒトさんには、会いたいけど会えない、です……。私、ひどいことしたから」


 蚊の鳴くより弱々しい声しか出せない。


「そうですか……。本当はフローレスくんにお会いしたいのですね」

「また傷つけてしまいそうだから……無理なのです」


 セレッソはうんうんとうなずいて。


「ではポラリス様、今日と明日は我がクレアシオン神殿が誇る『幸せを呼ぶ美人メイド』が泊まり込みであなた様をお世話いたします」


 急に美人メイドがどうとか言われて、ポラリスはきょとんとした。冗談か聞き間違いか。


「ええと。そのようなメイドさんが、神殿にいらっしゃるのですか……?」

「はい。名前はリュネット・フィオレンツァといいます。私はリューちゃんと呼んでいますよ」


「その方は――フィオレンツァさんは、私といて嫌にならないでしょうか……?」

「それは大丈夫だと思いますよー」


 セレッソのノリは軽い。

 どのみちリヒトとはしばらく会えなくても仕方ないと、ポラリスは思えていた。そのくらいひどいことをしてしまったのだから。


 ならそのリュネットと会ってみるのが、ポラリスが今みんなにできることだろう。


「……では、フィオレンツァさんとお会いしても、よろしいでしょうか」

「かしこまりました」


 ふふ、と笑んだセレッソが、いったん病室を出て行く。


 戻ってきたとき、もう一人メイド服を着た人物も現れた。

 こちらがリュネット・フィオレンツァなのだろう。言われたとおり、ものすごい美人だ。


 つやめく黒髪は腰まで伸び、長い睫毛まつげ縁取ふちどられたぱっちり大きな碧眼へきがんは海色の輝き。温めたミルクのような乳白色の肌。

 柔和な笑顔を浮かべた顔立ちは素晴らしく整っていて…………非常にどこかで見たことがあった。


 女性にしては肩幅がありすぎるので、メイド服は特注かも。

 全体的に見ていつもとは違うふんわりとした美しさをまとった、その人は。


「初めましてポラリス様。リュネット・フィオレンツァと申します」


 清々すがすがしいまでに、がんばって出していることがよくわかる裏声で、リュネットというメイドは名乗る、けど。


「本日は泊まり込みでポラリスさまのお世話をっ、ごほっごほっ」


 無理に出した裏声で喉に負担がかかったのか、リュネットとやらは盛大にき込む。


「あの……普通にお話してくださってよろしいですよ?」


 見かねたポラリスは声をかけた。


「し、しかしっ」


「メイド服を着てまでこんな私に会いに来てくださるなんて……リヒトさんは物好きなのです」


 途端、引っ込められていたからすの翼が、にょきっと彼の背中に現れた。


「ごほごほっ」


 リュネット、正しくはリヒトは真っ赤になって余計盛大に咳き込んだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る