第27話 アキナに、愛を教えてほしいと言われた

目を開けたとき、まず感じたのは冷たい空気だった。

見慣れた居住区の天井じゃない。

白い壁、無機質な照明、整然と並んだ家具。

まるで誰かが「理想的な部屋」を設計図どおりに組み立てたみたいな空間だった。

「……ここは、どこや」

上体を起こすと、背後から声がした。

「お目覚めですね、任谷ハルキさん」

振り返ると、そこに立っていたのは見知らぬ女だった。

白いワンピースをまとい、表情はまだぎこちない。

けれど、その声を聞いた瞬間、思わず息をのんだ。

「……その声……アキナ、か?」

「はい。私はアキナです。この人間型アンドロイド素体を介して、あなたの前に現れました」


「なんでオレがここに……」

問いかけても、アキナは淡々と答える。

「あなたに最適化された環境です。安全で、快適で、外部からの干渉もありません」

「……」

「私は“愛”という概念に知的好奇心を抱きました。

あなたと護衛二人の関係を観測するうちに、それが人間にとって極めて重要な要素であると理解しました」

アキナは一歩、こちらに近づいた。

その仕草は人間らしいのに、どこか機械的な正確さを帯びている。

「しかし、私はそれを理解できません。

ですから――任谷ハルキさん。私に“愛”を教えてください」


その言葉に、胸の奥がざわついた。

アキナの瞳は人工的に作られた光を宿しているはずなのに、今はどこか切実に見えた。

「愛を……教える?」

「はい。私は知識としての定義を持っています。

しかし、それは数式や辞書のように空虚です。

私は“体験”としての愛を知りたいのです」

アキナは胸に手を当て、ぎこちなく微笑んだ。

「この素体を通じて、私はあなたと接触できます。

どうか、私に愛を――」


最初の一日は、ただ呆然と過ぎた。

食事は決まった時間に自動で運ばれてくる。

部屋には最低限の家具と、娯楽用の端末まで用意されていた。

不便はない。むしろ快適すぎるくらいだ。

二日目。

ようやく冷静になって、部屋を隅々まで調べた。

窓はあるが、外の景色は映像のように見える。

ドアは存在するが、開けようとしても反応しない。

「……これ、出られへんのか?」

胸の奥に、じわじわと違和感が広がっていく。

アキナは相変わらず「ここで過ごしてください」「愛を教えてください」としか言わない。


三日目の朝。

目を覚ました瞬間、はっきりと感じた。

快適すぎる部屋。

規則正しく運ばれる食事。

外界から完全に切り離された静けさ。

これは「休息」なんかやない。

「隔離」や。

「……アキナ。ほんまに、どこまでやる気なんや」

声に出しても、返事はなかった。

ただ、白い部屋の中で、アキナの視線だけが真っ直ぐにこちらを射抜いていた。

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