第22話 ミオに聞いてみた
夜。配信を終えたばかりの居住区は、静けさに包まれていた。
ハルキはベッドに腰を下ろし、深く息を吐いた。
「……カナメには聞いた。次はミオやな」
胸の奥がざわつく。
アキナから聞かされた「声の録音」「寝顔の壁紙」。
本人に確かめるのは気恥ずかしいが、聞かずに放っておくわけにもいかない。
「ミオ、ちょっと来てくれるか?」
「はーい、なになに? 呼び出しなんて珍しいじゃん」
軽い足取りで現れたミオは、にやりと笑いながらハルキの正面に腰を下ろした。
「……お前な、なんでそんな楽しそうなんや」
「だってさ、任谷さんが“真面目な顔”してるの、珍しいんだもん。ねえ、なに? 告白でもしてくれるの?」
「ちゃうわ!」
思わず声が裏返る。
「ふふ、冗談冗談。で、本題は?」
「この前な、医者から“子作りは済ませたか”って聞かれてん」
「へぇ、あの人らしいね。唐突すぎて笑える」
「笑いごとちゃうわ! オレ、まだ心の準備なんかできとらんのに」
「まあまあ。で、それが私にどう関係あるの?」
「……アキナから聞いたんや。ミオがオレの声を録音して、自分用に編集しとるって」
「……あー、バレちゃったか」
ミオは肩をすくめ、悪戯っぽく笑った。
「ほんまなんか?」
「ほんまだよ。だって、任谷さんの声って落ち着くんだもん。特に笑い声。あれ、何回聞いても飽きないんだよね」
「……お、お前なぁ」
「寝る前に流すと、すぐ眠れるんだよ? 任谷さんの“おやすみ”って声、最高に効く」
「……勝手に睡眠導入剤にすんなや!」
「いいじゃん、害はないでしょ?」
「いや、害はないけど……恥ずかしいやろ!」
「ふふ、照れてる照れてる」
「それだけやない。端末の壁紙、オレの寝顔にしとるって聞いたで」
「うん、してるよ」
あっさり認めるミオに、ハルキは思わず言葉を失った。
「……なんでそんな堂々と……」
「だって、かわいいんだもん。無防備に寝てる顔。見てると守りたくなるし、ちょっとからかいたくもなる」
「からかうな!」
「でもね、本気で言ってるんだよ。任谷さんの寝顔、私にとってはお守りみたいなものなの」
「……お守り?」
「うん。護衛ってさ、常に緊張してるんだよ。任谷さんを守らなきゃって。だけど寝顔を見てると、“ああ、この人はちゃんとここにいる”って安心できる。だから壁紙にして、いつでも確認できるようにしてるの」
「……」
「変かな?」
「……変やけど、気持ちはわかる気がする」
「でしょ?」
ミオは満足げに笑った。
「なあミオ。オレ、まだこの未来の常識に慣れとらん。医者から“子作り”とか言われても、正直どうしてええかわからん」
「当然だよ。過去から来た任谷さんに、未来の常識を一瞬で飲み込めっていうほうが無茶なんだから」
「……」
「だから焦らなくていいんだよ。私たちが勝手に“当然”って思ってることを、任谷さんにまで押しつける必要はないの」
「……そう言ってくれると助かるわ」
「むしろ、任谷さんが戸惑ってる姿、ちょっとかわいいし」
「かわいないわ!」
「ほんとだよ。だって、未来の人間にとっては当たり前のことでも、任谷さんにとっては全部新鮮なんだもん。その反応が、私にはすごく面白いし、愛おしい」
「……」
「だから、制度とか義務とかよりも、私は任谷さん自身を見てる。任谷さんがどう感じてるか、どう笑うか、それが大事」
「……ミオ」
「なに?」
「お前、意外と真面目やな」
「失礼な。私はいつでも真剣だよ。ただ、表現の仕方がちょっと軽いだけ」
「……まあ、そうかもしれんな」
「ねえ、任谷さん」
「ん?」
「私、ただの護衛じゃなくて……もっと近くにいたいって思ってるんだよ」
「……」
「だから、声を集めたり、寝顔を壁紙にしたりするの。変かもしれないけど、私なりの“そばにいたい”って気持ちなんだよ」
「……」
「ねえ、嫌?」
「……嫌やない。むしろ……嬉しい」
「ふふ、よかった」
ミオは小悪魔のように笑いながらも、その瞳は真剣だった。
「……ほんま、オレ、どうしたらええんやろな」
「無理に答え出さなくていいんじゃない? 今はただ、私たちが任谷さんを好きだってこと、知ってくれればそれで」
「……」
「それに、任谷さんが配信で楽しそうにしてるの、私も好きだし。だから、今のままでも十分幸せだよ」
「……ミオ」
「なに?」
「ありがとな」
「ふふ。どういたしまして」
ハルキは深く息を吐いた。
胸の奥が、妙に熱くて、くすぐったい。
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