第18話 子作りって、そんな急ぐもんなん?

診療室の空気は、いつもと同じように清潔で静かだった。

壁は白く、余計な装飾は一切ない。窓の外には整然と手入れされた緑が広がり、人工的な小鳥のさえずりが流れている。未来社会の医療施設は、患者が落ち着けるように徹底的に設計されているのだと、ハルキは何度も思わされてきた。

今日も定期検診。

医者のユイは、いつものように無表情で端末に指を走らせていた。

「任谷さん。体調は安定していますね。心拍数、血圧、睡眠リズム、すべて良好です」

「そらよかったわ。まあ、こっちの暮らしにもだいぶ慣れてきたしな」

ハルキは軽口を叩きながらも、内心では少し誇らしかった。

未来に来てから数か月。最初は戸惑いの連続だったが、今では配信も始め、生活のリズムも整っている。

だが、ユイはカルテを閉じると、唐突に口を開いた。

「……ところで、子作りはもう済ませましたか?」


「ぶっ……!?」

ハルキは思わず診察台から飛び上がりそうになった。

耳を疑った。今、なんて言った?

「ま、待て待て待て! オレ、まだ19やぞ! 未来の常識は知らんけど、心の準備くらいさせてくれや!」

声が裏返り、診療室に響いた。

ユイは眉一つ動かさず、淡々と続ける。

「この社会では、男性が順調に生活に適応した段階で、最初に護衛の方々と子作りを行うのが一般的です。健康面でも精神面でも、安定に寄与するとされています」


「はぁぁ!? なんやそれ!」

ハルキは頭を抱えた。

確かに、未来社会では男性は希少で、守られる存在だと聞いてきた。精子提供が義務なのも知っている。だが、それと「護衛と子作りをするのが普通」という話は、あまりに唐突すぎる。

「そんなん言われても……オレ、護衛二人の気持ちもわからんし。勝手に“普通はそうや”って言われても困るわ」


ユイは端末にさらさらと記録をつける。

「記録しておきます。“子作りは未実施”。ただし、心拍数の上昇から、強い拒絶ではないと推測されます」

「診断結果にすんなぁぁ!」


ハルキは両手を広げて叫んだ。

心臓は確かに早鐘を打っている。だがそれは「拒絶していない」からではなく、ただただ驚きと混乱のせいだ。

護衛の二人――カナメとミオ。

いつも自分を守ってくれている存在。

彼女たちの笑顔や仕草を思い出すと、胸がざわつく。

だが、それが「恋愛」なのか「信頼」なのか、自分でもわからない。

「……オレ、あの二人の気持ちも知らんのや。勝手に“最初は護衛と”とか言われても、どうしてええかわからん」


診療室に沈黙が落ちた。

ユイは無表情のまま、ただ端末を閉じる。

そのとき、白い球体アキナがふわりと浮かび上がった。

いつもの無機質な声が響く。

「確認します。この件について、制度上も健康上も問題はありません。護衛二人の心証も問題ありません」


「……ほんまかいな」

ハルキは大きく息を吐き、肩を落とした。

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