第2話 未来での目覚め

まぶしい光が、閉じたまぶたの裏を焼いた。

「……ん、まぶし……」

声が自分のものとは思えないほどかすれていた。喉が乾いて、砂を噛むような感覚が広がる。ゆっくりと目を開けると、そこには真っ白な天井があった。


「……あれ? また天井か。オレ、天井ばっか見てんな」

冗談めかしてつぶやいたが、すぐに違和感に気づく。見慣れた病院の天井ではない。

白いのに、どこか柔らかい光沢があり、蛍光灯のような直線的な光源は見当たらない。

天井そのものが淡く発光しているようだった。


体を起こそうとすると、全身が鉛のように重い。

だが、不思議と痛みはない。

胸の奥を締めつけていたあの病の感覚も、どこかへ消えていた。

「……治ったんか?」

思わず口に出す。


答えは返ってこない。代わりに、耳に届いたのは機械の低い駆動音と、規則正しい電子音だった。

視線を横に向けると、透明なカプセルの蓋が開いている。

自分がそこから出てきたのだと理解するのに、数秒かかった。


「お目覚めですか?」

澄んだ声が響いた。

振り向くと、白衣を着た女性が立っていた。

髪は肩で切りそろえられ、瞳は淡い灰色。

整った顔立ちだが、どこか焦点が合っていないような、不思議な印象を与える。


「えっと……あなたは?」

「医療担当です。ああ、でも説明は後にしましょう。まずは体の状態を確認しないと」


彼女はすらすらと答えながら、手元の端末を操作する。

だが途中でふと手を止め、ハルキの顔をじっと見つめた。

「……あ、やっぱり面白い。二百年前の人間の骨格って、やっぱり微妙に違うんですね。あ、すみません、今度データを取らせてもらってもいいですか?」

「え、ええ……?」


唐突に自分の世界に入り込むような調子に、ハルキは思わず苦笑した。


「二百年……」

その言葉が頭の中で反響する。

「オレ、ほんまに……未来に来たんか」

胸の奥がじんわりと熱くなる。

恐怖よりも、信じられないという驚きと、わずかな高揚感が勝っていた。


医師は淡々と検査を進め、やがて満足げに頷いた。

「問題ありません。病気は完全に治療されています。あなたはもう健康体です」

「……ほんまに?」

「ええ。医学は進歩しましたから」


その言葉に、ハルキは深く息を吐いた。二百年の眠りは無駄ではなかったのだ。


やがて、医師に促されて部屋を出る。扉が開いた瞬間、目に飛び込んできた光景に、思わず息を呑んだ。


広がっていたのは、緑と白が調和した街並みだった。

低層の建物が整然と並び、その間を木々が埋めている。

道路は滑らかで、車らしきものは見当たらない。

代わりに、静かに浮遊する小型の乗り物が音もなく行き交っていた。

空は澄み渡り、どこまでも青い。

「……なんやこれ。めっちゃきれいやん」

思わず声が漏れる。


「ここが、あなたが暮らすことになる都市です」

医師が淡々と説明する。

「清潔さと秩序を重視した設計になっています。人々は効率的に働き、調和を守ることを大切にしています」

「ふーん……なんか、テーマパークみたいやな」

ハルキは冗談めかして言ったが、心の底では圧倒されていた。


歩きながら、ふと気づく。すれ違う人々は、全員女性だった。

年齢も姿もさまざまだが、男性の姿は一人もない。

「……あれ? 男、オレだけ?」

「ええ。男女比は一対百。男性は希少で、大切に保護されています」


医師はさらりと言う。

「あなたも例外ではありません。今後は専用の住居で暮らしていただきます。外出は基本的に制限されますが、生活に不便はありません」

「……はは、なんやそれ。オレ、いきなりレアキャラ扱いかいな」

冗談を言いながらも、背筋にひやりとした感覚が走る。


やがて案内されたのは、白を基調とした清潔な住居だった。

玄関を抜けると、柔らかな光に包まれたリビングが広がる。

家具はシンプルで、どこか温かみがある。

窓の外には緑が広がり、鳥のさえずりが聞こえた。

「ここが、あなたの新しい家です」

医師はそう告げると、端末に何かを入力し、軽く会釈して去っていった。


静寂が訪れる。

ハルキはソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。

「……ほんまに、未来に来てもうたんやな」

胸の奥に、言葉にできない感情が渦巻く。

恐怖、不安、期待、そして少しのわくわく。

「まあ……なんとかなるやろ」

そうつぶやいて、天井を見上げた。二百年前と同じように。だが、今度の天井は、未来の光で優しく輝いていた。

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