コールドスリープしたら未来でVTuberデビューしてました

しゃけびーむ

第1話 別れと眠り

最初に違和感を覚えたのは、ただの風邪だと思っていた。

熱が下がらず、咳が長引き、病院に行ったら「精密検査をしましょう」と言われた。

そこから先は、坂道を転げ落ちるみたいに早かった。


診察室の白い壁、医師の沈んだ表情。

任谷ハルキは、まだ大学に入学したばかりの十八歳。これから新しい生活が始まるはずだったのに、医師の口から告げられたのは「現代の医療では根治は難しい病気です」という冷たい宣告だった。


母の手が震え、父は言葉を失った。妹はただ呆然と兄を見つめていた。

ハルキだけが、場違いなほど明るい声を出した。


「……はは、なんやそれ。オレ、まだ大学入ったばっかやで?」

笑ってみせたが、声はかすれていた。胸の奥に広がる重さは、冗談ではごまかせない。


数週間後、病室に集まった家族の前で、医師は新しい選択肢を提示した。

「コールドスリープです。二百年後には、治療法が確立されている可能性が高い」


母は泣きながら首を振った。

「そんな……二百年なんて……」

父は黙って拳を握りしめていた。

ハルキは少し考えてから口を開いた。


「ええやん。未来に賭けるんも、悪くないやろ」

エセ関西弁で軽口を叩くと、母は涙を拭いながら笑った。

「……あんたは、ほんとに強がりばっかり」

その笑顔が、逆に胸を締めつけた。


残された日々、ハルキは家族とできるだけ普通に過ごした。

母が作る料理を「うまいやん!」と笑いながら食べ、父とはテレビを見ながら他愛もない話をした。


妹が部屋に来て「ほんとに行っちゃうの?」と泣きそうな顔をしたときも、

「修学旅行みたいなもんや。ちょっと長めやけどな」

と冗談を言って頭を撫でた。


心の奥では恐怖が渦巻いていた。

二百年後に本当に目覚められるのか。

未来に自分の居場所はあるのか。


けれど、それを口にすることはなかった。

家族の前では、最後まで明るい兄であり、息子でありたかった。


出発の日、白いカプセルが並ぶ施設は、病院とは違う静けさに包まれていた。

機械の低い駆動音が響き、冷たい空気が漂う。


母の声が震える。

「ハルキ……」

彼は笑って答えた。

「大丈夫や。ちょっと長めの昼寝やと思えばええ」

そう言うと、父が初めて口を開いた。

「……必ず、未来で生きろ」


妹は泣きながら「バカ兄貴……」と呟いた。

ハルキは笑って手を振った。

「ほな、またな」


カプセルに横たわると、透明な蓋が閉じ、視界がゆっくりと白く霞んでいく。

冷たい眠気が体を包み込む。


最後に浮かんだのは、家族の顔。

そして――

「未来でまた会おな」

その言葉を胸に、任谷ハルキは二百年の眠りについた。


眠りに落ちる直前、彼の心には奇妙な安堵があった。

恐怖も不安も確かにあったが、それ以上に「未来がある」という希望があった。


現代では治らない病気も、二百年後ならきっと治せる。

自分はそこで再び歩き出せる。

そう信じることで、彼は静かに意識を手放した。

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