第11話 檻の中の闘い

氷室晶の宣告は、広くも空虚なリビングに金属のような冷たさで響き渡った。


「どこにも行かせはしない」


その一言に、篠塚澪は地面に釘付けにされたような感覚を覚えた。

血液が瞬時に凍りつき、体の芯まで震えが走る。


晶の腕の中のコウちゃんを見つめる。

子供は怯え、青ざめた顔で晶のシャツの襟を握りしめ、救いを求める瞳で母を見上げていた。


「氷室晶!」

澪の声は恐怖と怒りで震え、まるで喉に刃が刺さったかのように鋭かった。

「彼を離して!そんな権利はない!これは……拉致よ!」


「拉致?」

晶の低い嘲笑が響く。温もりは微塵もなく、ただ絶対的な支配者の余裕だけが滲む。

「望月結衣、父親の正体を隠し、五年間も我が子を私から遠ざけたのは、どちらがより『拉致』に近い?

今すぐ弁護士と警官を呼んで話し合うか?」


氷の刃が喉元に突きつけられたように、澪の言葉は一瞬で奪われた。

法的に勝ち目がない——その現実が、身体を凍りつかせる。


「ママ……」

コウちゃんの震える声が、澪の心の鎧を微かに揺るがす。


同時に晶の眉がわずかにひそむ。

彼は子供を抱き直し、安定させるその動作に、父としての本能が垣間見えた。


彼は澪を見ず、コウちゃんに向かい、低くも穏やかさを意識した声で告げる。


「怖がるな。ここが、お前の家だ」


そして視線を澪に戻す。鋼のように冷たく、揺るぎない意志が宿っていた。


「二階、左手奥が主寝室、右手奥が子供部屋だ。日用品は後で届ける」


「お前が『きちんと話す』気になるまで、ここにいる」


一拍置き、最後の致命的な一撃を加える。


「幼稚園はもう行かなくていい。最高の家庭教師を手配する」


その言葉が澪を打ちのめした。

彼は母子を外界から隔絶し、孤立させようとしている。


「そんな……許さない……!」

声は震え、絶望が巨大な波となって押し寄せる。


晶は議論を許さず、抱いたまま二階へ歩み去る。

その背中は抗うことを許さない絶対性に満ちていた。


澪は壁に寄りかかり、豪華な絨毯の上に滑り落ちる。

氷のような絶望が、深い冬の夜の闇のように全身を包む。


_……だが、このまま終われるか?_

コウちゃんのために、私は倒れられない——!


彼女の意志は、黄金の檻に閉じ込められても砕けはしない。

ゆっくりと顔を上げ、豪華で冷たい監獄を見渡す。

瞳の奥の死んだ光は、次第に決意の炎に変わった。


氷室晶……これで手札は尽きたと思うか?

忘れるな、私は地獄から這い上がってきた女だ——。


澪は立ち上がり、涙の跡を拭い、皺になったルームウェアを整える。

リビングの固定電話に歩み寄り、深く息を吸い込む。


受話器を取り、記憶の奥底から番号を引っ張り出してダイヤルした。


呼び出し音が長く響く。やがて、向こうから白石華蓮の声が聞こえた。

落ち着かせつつも、微かに苛立ちと緊張が滲む声だ。


「もしもし?どちら様ですか?」


篠塚澪は紅い唇を冷ややかに、不気味に歪ませる。

しかし声は弱々しく、微かに震え、五年前の無力な「望月結衣」を完璧に演じた。


「華蓮……私、結衣よ……」

彼女はわざと声を詰まらせ、息も絶え絶えに続ける。

「私……今、晶さんのところにいるの……

彼、彼がコウちゃんのことを知ってしまって……私、怖いの……

お願い、助けに来てくれない?」

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