思い出の中の腹巻き

口一 二三四

祖母と編み物

 編み物と聞くと祖母の事を思い出す。

 ただでさえ丸い背中をさらに丸くして畳に座る姿。

 編み針と指とで器用に毛糸を編んでいく仕草。


「アンタもやってみる?」


 傍で見ていた私にかけてくれる声は今でも覚えているぐらい優しくて、言われた通りやってみて如何に自分が不器用だったかを理解した。

 開いているのはいつも同じ雑誌。

 古くて、ボロボロで、色褪せていて。

 幼い頃の私にそれが読めるわけもなく、でも。

 知らない編み物の全てがそこに載っているような気がして興味津々だった。


 今ならわかる。

 あの雑誌が祖母の、ばぁちゃんの若い頃から共に年月を重ねた戦友のような存在だったことが。

 様々な編み方を紹介する余白に書かれたばぁちゃんの直筆。

 どこをどう引っかければやりやすいだとか、これを作るならこの工程を追加した方がいいだとか。

 読めなかったのに知っているばぁちゃんの編み物。

 孫が暇しないよう喋りながら編んでくれたお陰で編めないもののやり方ぐらいは把握している。

 出来上がった腹巻き、自分の為に編んでくれたそれを正直私は『ダサい』と思ったけれど、寝る時は必ず巻いていた程度に気に入ってもいた。

 だってとても暖かかったから。

 毛糸が、じゃなく、ばぁちゃんの気持ちが。


 私はばぁちゃんが大好きだったから。


 今はもうその腹巻きは存在しない。

 どれだけ思い入れがあっても使い古された衣類の末路なんてみんな同じ。

 当たり前にあったモノを生涯大切に保管しておくような知恵の備わっていない頃の思い出の品は、思い出の中だけになってしまった。


「また編んであげる」


 そう言ってくれたばぁちゃんも随分と前に亡くなってしまった。

 認知症となり私の事すら忘れてしまったばぁちゃん。

 けれど嬉しそうに「うちの孫は介護の仕事やってるのよ」と介護士の孫に話してくれる辺り、ばぁちゃんにとって私は自慢の孫だったのだろう。そう思いたい。


 たまにふと考える。

 果たしてばぁちゃんは一体どれだけの思い出を持って向こうに逝けたのだろうかと。

 その中にまた腹巻きを編んであげると言ってくれたことは入っているのだろうかと。

 残念ながら今もなお生きている私にはわからない。

 でもきっと入っていると信じている。

 ばぁちゃんが編み物をする時必ず開いていた雑誌。

 部屋の整理をしてもあれだけは見つからなかったのだから、きっと。


 向こうに持っていって、相変わらずの背中で編み物をしているのだろう。

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