"Hot Dog" ~荒廃した世界に咲く花~

芽吹茉衛

プロローグ

 彼女が生まれたのは、”ラプラス保護区域”の貧民が住む地下スラムの汚い一室だった。治安の悪い地下スラムに身を寄せた、愛し合う2人は、人目につかないところで愛を語り合い、命を授かった。

 ”どうしてもこの子だけは安全に産みたい”。妻はそう願った。それを叶えるため、夫は全財産を・・・といっても少ないものだったが・・・とにかくあるだけすべてを注ぎ込んで、妻にいい環境をと努力した。結果、妻は闇医者ではあるものの、ちゃんとした知識の備わった人の見るところで子を産む事ができた。

 子の名前は、妻の”どんな環境にあっても綺麗に咲く花”という想いの基、”ベロニカ”と名付けられた。

 それからは、地下スラムの人の寄り付かないところに小屋を建て、ベロニカを育てた。しかし、ある日、夫が大層喜んで小屋へと帰ってきた。妻は一体どうしたのか、と訊くと、ラプラス市民シェルターと呼ばれる、保護区域に住む一般市民たちが住む地下と地上から成る大きなシェルターの永住権をクジで当てた、と言ったのだ。

 妻も夫同様、大層喜んだ。これでベロニカの人並の幸せや生活が約束されたのだと、泣いて喜んだ。

 それからベロニカを含む3人は、ラプラス保護区域の区民庁の厳正な登録を終え、地下シェルターの一室に住む事となった。


 しかし、幸せは長く続かなかった。妻の身に、とある病が巣食っている事が判明したのである。シェルターの医者は、もって3か月、と診断した。兆候が無く、静かに体を蝕んでいたのだ、という。

 それを受けて妻は、夫にベロニカを抱かせ、こう言った。

「必ず。あなたとベロニカは必ず幸せになって。私はあなたとベロニカに出会えた事だけで、心から幸せだったわ。」

 夫は頷いた。妻はそれ以降シェルターの病院で入院する事になったが、3か月としないうちにみるみる弱っていき、やがて亡くなった。

 残された夫とベロニカは、何事もなく、ただ慎ましく幸せに生きる、はずだった。


 ベロニカが生まれたその日から、物語の歯車は回り始めていた。しかし物心のつかないベロニカと、妻と死別した男がその事を知る由もない。

 これは、荒廃した世界に咲く花が編む、唯一無二の物語である。

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