スパンキングショーの話(F/F、特殊な鞭、エンターテイメント)

その劇場は、この国で最も名高いスパンキングショーを行う場所として知られていた。

ただ女性が舞台上でお尻を叩かれるだけではない。音楽、ダンス、照明、衣装、そして観客の熱気が渾然一体となって織りなす、唯一無二のエンターテインメントだった。


劇場の座席は何段階にも分かれており、最前列のVIP席は高額だが、演者の吐息や衣擦れまで感じ取れる特等席。中央席は程よい距離で全体を見渡せる人気のエリア。最後方の一般席は比較的手頃な価格で、気軽に楽しめることから学生や観光客の姿も多かった。

今夜もほぼ満席。観客は期待に胸を膨らませ、開演を待ちわびている。


やがて音楽が流れ、幕が上がる。舞台には煌びやかな衣装に身を包んだ女性たちが姿を現した。腰から太腿にかけては大胆に露出し、お尻を強調するデザイン。観客が息を呑む中、演者たちは軽やかなステップを踏みながら位置につく。


――そして、鞭が振り下ろされた。


 ビシィッ!


鋭い音が劇場を満たし、赤い線が女性のお尻に浮かび上がる。

実はこの劇場で使われる鞭は特別製。舞台演出用に作られており、肌にははっきりと赤みを残し、音も観客の心臓を打つほどに響くが、実際の痛みはほとんどない。

だからこそ、演者には高度な演技力が求められる。痛みが少ない分、泣き声、表情、仕草で「本当に痛い」と観客に思わせなければならないのだ。


観客の視線は真剣そのもの。酒を口に運ぶ手が止まるほど、演者たちの迫真の演技に引き込まれていた。


次々と繰り広げられる演目。三人が並んで一斉に叩かれる場面では、リズミカルな音がまるで楽器のように響き、観客は自然と拍手を送った。数人で背を合わせる群舞では、美しい足さばきと共にお尻が叩かれ、そのたびに舞台が揺れるほどの歓声が上がる。


 ***


舞台袖。

新人の彼女は緊張で手が冷たくなっていた。


「……痛くないのに、痛そうに見せるのって、やっぱり難しい」


舞台用の鞭は、叩かれても本当に少しの痺れしか残らない。けれど観客の目には、鮮烈な赤みと音が届く。だからこそ「泣き声や震え方ひとつで、信じてもらえるかどうかが決まる」と先輩に教えられてきた。


「大丈夫、君ならできるよ!」

袖から見守る先輩が笑顔で背中を押す。


舞台では次の演目が進んでいる。

「よし!良かったよ!」「次の準備、急いで!」と裏方の声が飛び交い、全員が一体となって舞台を作り上げていた。


やがて呼ばれる。

新人の出番は、集団スパンキングの一員として。まだソロは任されないが、それでも憧れの舞台に立てるのだ。


彼女は衣装を直し、深呼吸して舞台へと踏み出した。

光が降り注ぎ、客席の視線が一斉に集まる。胸が高鳴る――。


「よし、いくぞ」


腰をひねり、音楽に合わせて足を運ぶ。振付に従ってお尻を突き出すと、舞台用の鞭が叩きつけられた。


 ビシィッ!


「っ……!」


わずかな刺激。しかし、彼女は表情を歪め、涙ぐむような演技を見せる。

客席からは舞台を楽しむ視線を感じる……見せられているのだ。観客の心を掴んでいる証拠だった。


さらに二打、三打。

彼女は必死に演じ続ける。痛みが少ないからこそ、声を震わせ、肩を揺らし、真に迫る仕草を作り上げる。

その瞬間、客席の視線が集まっているのを肌で感じた。


(私も……いつか、ナンバーワンの先輩みたいになれるだろうか)


赤く染まった舞台の中で、胸の奥でそっと願う。


 ***


ショーは続く。

集団演目の後、大トリで登場するのは劇場随一の人気を誇る女性演者。彼女のソロの演技は圧巻で、観客の心を完全に支配した。


そして全演目が終わり、出演者全員が舞台に並ぶ。

カーテンコール。鳴り止まぬ拍手と歓声。


新人の彼女は、汗と涙を滲ませながら深々と頭を下げた。

まだ小さな存在かもしれない。けれど――いつか自分も、あの拍手の中心に立つのだと、強く心に刻んでいた。

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スパンキング短編集 紅臀堂律 @benidendou

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