トリックオアトリック-AIとマジシャンの嘘と真実-
@yoshiki_narihara
第一章 AIの囁きと、地味なバズり 第1節:路地裏のマジック
ユウが働いているバーは、大阪の繁華街、心斎橋の喧騒から少し離れた、古い商店街の裏路地にあった。
店の看板には、かすれた文字で「SOUVENIR(スーベニア)」と書かれている。旅の土産という意味を持つその店は、華やかな思い出を売るわけじゃない。ただ、酒と煙草と、どこか満たされない人々が発する、諦めにも似た静かな熱気がそこにはあった。
夜になると、地元の常連客が三々五々集まり始める。彼らは皆、昼間はスーツを着て忙しく働いているが、この店に入ると、誰もが疲れた顔をグラスに沈める。ユウはそんな光景を、いつもカウンターの隅から眺めていた。
彼の仕事は、店の片付けと、時折客に頼まれてマジックを披露すること。しかし、それはもはやマジックとは呼べないものだった。
ユウは、ポケットからトランプの束を取り出した。カードは、何度もシャッフルされ、角が丸くなり、持ち主の癖を吸い込んで、まるでユウの指の一部になったかのように馴染んでいた。
彼は客の誰も見ていないところで、一人静かにカードを操っていた。指先は、誰よりも正確で、誰よりも速い。カードを弾けば、その音は風がささやくように繊細で、指の間を滑るトランプは、まるで意志を持っているかのように自在に動く。
しかし、彼の顔には何の感情も浮かんでいなかった。
ただ、決められた手順を、まるでロボットのように繰り返すだけで誰にも届かない独り言のようだった。
ユウは、人前でマジックを披露することが苦手だった。正確には、マジックそのものではなく、その後のリアクションが苦手だった。驚き、感動、歓声。そのすべてが、彼の心に重くのしかかった。
「お兄さん、なんか面白いことやってや」
カウンターの向こう側から、少し酔った中年の男が声をかけてきた。ユウは何も言わずに、トランプをテーブルに置いた。男は面白がって、その中から一枚のカードを引いた。ユウは、そのカードに触れることなく、男が引いたカードを言い当てた。
男は「おぉ!」と声を上げて驚き、周りの客もそれに続いた。だが、それだけだった。誰もが、ただ「すごい」と感心するだけで、そこに感動はなかった。ユウは、そんな反応に慣れっこだった。彼のマジックは、人を「驚かせる」ことはできても、「感動させる」ことはできない。彼は、それが自分の欠点だと知っていた。
ユウは、岡山県の倉敷市から上阪してきた。地元では、人見知りで口下手な少年だったが、唯一の取り柄がマジックだった。人前で話すのが苦手だったため、言葉を使わないマジックに没頭し、その技術は飛躍的に向上した。やがて、その才能は地元では収まらず、大阪の伝説的なマジシャン、師匠の目に留まり、弟子入りを許された。
師匠のもとには、ユウと同じく弟子がいた。
カイ、リョウ、そしてタクミ。
彼らは皆、ユウが持っていない特別な才能を持っていた。カイは、観客を惹きつけるカリスマ性。リョウは、観客と心を通わせるユーモアと愛嬌。そしてタクミは、どんな複雑な仕掛けも実現させる技術力。ユウは、彼らと切磋琢磨しながら技術はさらに磨かれた。しかし、彼の内気な性格は変わらなかった。
「マジックは、魂がなきゃダメだ」
師匠は、いつもそう言っていた。ユウは、その言葉の意味を理解しようと努力したが、答えは見つからなかった。そして、ある大きな舞台での出来事を機に、彼はマジックの世界から姿を消した。
それは、忘れもしない、人生で一番大きな舞台だった。完璧な準備をして臨んだイリュージョンマジック。しかし、本番直前に予期せぬトラブルが発生し、彼のマジックは失敗に終わった。完璧なマジックを追い求めるあまり、他人との協力を極力避けた結果、誰も助けてくれることのない、孤独なものになった。
それから数年。ユウは、大阪の路地裏にあるバーで、ただの冴えないマジシャンとして、日々を過ごしていた。彼のマジックは、技術的には完璧なままだったが、そこには何もなかった。心を揺さぶる「魔法」は、そこにはなかった。
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