第18話 咲いちゃいけなかった
2023年10月28日 午後8時12分
喉が熱い。足が勝手に半歩前に出る。「友達を迎えに来ただけ……。子どもに何やってんの」低く絞り出した声が、自分の骨に響いた。
黒ポロがタブレットを揺らして見せる。「はあ? 未成年? 確認してますよ、ね?」チェックボックス。偽の同意書。タイムスタンプが嘲笑っている。「確認って、何を……」あたしの言葉は続かない。
肩は震えるのに、視線は逸らせない。花音さんの白い手首。そこへ伸びる手の角度を、目に焼き付けた。
美咲があたしの半歩前で立ち位置を斜めにずらし、視線だけで(ここを切れ)と通路の死角を示す。あたしは頷き、もう半歩踏み出した。
カーペットの毛羽が靴裏にからみつく。奥のブースの赤いランプがぱっと点灯した。薄いビニール越しに影が立ち上がり、吊り金具が小さく「カチリ」と鳴る。
背後で、乾いた「パチン」という音。白い背中の金具が外れ、肩紐がずるりと落ちる。直そうと上がりかけた花音さんの手は、電池が切れたように途中で止まった。隠すための腕に、もう力は残っていない。
節の太い指が手首に絡みつき、白い皮膚に赤い跡がすぐに浮かび上がる。黒いスマホの四角い面が顔の前に突きつけられ、「ジー…」と焦点のモーター音が鳴った。録画を示す赤いランプが明滅し、喉に鉄の味が広がった。
「お前は咲いちゃいけなかったんだよ」黒田の声が、耳の裏で笑う。
花音さんは両腕で胸元を抱こうとして、できない。肩の力がふっと抜け、布ははだけたまま。目だけが、見なくて済む場所を探して泳ぐ。ビニールの裾が呼吸でかすかに震え、影ごと奥へ呑み込まれそうになる。
黒いスマホの画面が彼女の顔を呑み込み、録画ランプが明滅する。その影は腕に引かれ、ビニールの奥へずるずると引きずり込まれかけた。
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