第2話「太るも痩せるも私次第」



「ふぅ〜食った食った」


 そう言いながら陽葵ひまりは食べる前よりも少しぽっこりしたお腹を撫でながらソファーへ向かった。


「ちょっと待てい、食べた後にすぐ横にならないで、牛になるよ」


「そんなの迷信でしょ?私は人間で牛になることはありませーん」


「そうだけどそうじゃないって言うか……健康に悪いんだよ」


 この前調べた所によると、消化不良になったりするらしい。幾らズボラでもいいから、健康には気を使って欲しい。


「え、そうなの?じゃあ起きる」


「うん、それがいいよ」


「でも寝る以外にすることないよ」


「私の家に何も無いって言いたいわけ?」


「そういうことじゃないよ、まあ燐音りんねが居れば別に暇でもなんでもいいんだけど」


「……そ」


 そうだ、陽葵はたまにこういうことを言うのだ。ただ、他の人にも言ってるんだろうな、と思ってしまうのが私の悪い癖。


「あれ?なになに?もしかして照れてるんですかぁ?顔真っ赤ですよー?」


「蹴り飛ばすぞ」


「ごめんごめん」


 陽葵は勝手に私を照れさせるようなことを言って、勝手にそれを指摘し、勝手にバカにしてくる。いつか絶対蹴り飛ばす。絶対。


「まあ今回は許すけど」


「やさすぃ〜」


「殴っていい?」


「ダ〜メ♡」


「やっぱ殴っていい?」








「ねえ陽葵、明日から休日終わって学校始まるけど、学校に持ってくもの、この家にちゃんと持ってきたの?」


「枕しか持ってきてない」


「なんで枕しか持ってこなかったのかは謎だけど枕変わると寝れないもんね」


「燐音の腕枕でも寝れるよ」


「それは私が腕痺れるからダメ」


 私が腕枕をすると、毎朝腕の感覚が無くなっているのだが、陽葵が泊まりに来る度に腕枕をせがってくる。困ったものである。


「えー……なら特別な日の時だけ、腕枕してよ」


「嫌だよ、特別な日の次の日に、腕動かなくなるのは勘弁」


「お願い!!この通り!」


 そう言うと、陽葵は急に土下座をし始めた。床はカーペットが敷かれているから、フローリングよりはマシだとしても、床は硬いし、急に土下座されるのは気が引ける。


「仕方ないな、じゃあ特別な日に腕枕する度に勉強教えてよ」


陽葵はこう見えて、学校で学年1位の実力を持っているほどのすごい人なのだ。当の私と言うと、下から数えた方が早い。


「なるほどね、契約成立!……燐音ちゃんは勉強苦手ですもんねぇ?このッ天才な私に教えられないと────あいたっ」


 陽葵の発言少しうざくなってきたので、頭をポカッとして成敗した。調子乗られる前に痛い目に合わせないと……って言っても、いつも調子乗っていた。



「あんたの生活や健康をこれから守るのは誰だと思う?」


「え、そりゃ私────」


「私だ馬鹿野郎、あんたのご飯作ってるから太るも痩せるも私次第なんだよ」


「す、すみませんでした」


 太るも痩せるも、健康も私次第っていうのなんかいいな────何考えてるんだ私は……発想が少しキモくなっていた。陽葵のが移ったのだろうか────







「陽葵起きて、学校行く準備しないと遅刻する」


「……んぇ、お母さん……?」


「誰がお母さんだ」


「……燐音」


「違うし……もう、仕方ないな」


 まだ少し寝ぼけている陽葵の両腕を取って起き上がるように引っ張る。だが、起き上がる気力が陽葵には無いので、中々起き上がらない。仕方ない、これはあれを使おう。


「起きたらチューしてあげる」


「えっほんと!」


「嘘だよバーカ」


 何故か陽葵は昔からチューが好きだ。チューと言っても、おでこにだが……

 今日のように、「起きたらチューする」という言葉を使ったら、何故か毎回起きる。毎回やってるんだからいつか嘘って気づかないのか。


「ひでぇ、人間がやる所業じゃない!」


「はいはい、起きたんだから、トイレいって、歯磨きしてきて」









 あの後文句を言いまくる陽葵を宥めながらトイレと歯磨きに行かせ、私は朝ごはんを作っていた。まあ、作っているのは私ではなくトースターなのだけれど。


「陽葵、トースト焼けたよ」


「てんきゅ」


 トーストが置いてある皿を手渡し、陽葵はサクサクと音を鳴らしながら、トーストを食べ進めていった。








 私たち二人とも靴を履き、カバンを持ち玄関を出ようとしていた。だが、陽葵が眠くてボケーッとしているので、手を引っ張って学校に向かった。




「ふぅ、そろそろ自分で歩いてよ……学校もう近いから」


「ふぁい」


 なんて気の抜けた返事をする陽葵。だがその返事とは反対に、陽葵の体はまだ動いてくれないようだった。


「本当に早くしないと遅刻するから……あんたのせいで巻き添えとか……勘弁して」


「このまま行けば教室に1分前に着くと思うよ」


「1分前じゃダメなんだよ、余裕持って行かないと」


 いつも陽葵が、1分前か、2分前に教室に入ってくる理由が、こうなのだと一緒に学校に行くたびに思う。


「もー燐音ちゃんは仕方ないでちゅねー、ちゃんと歩いてあげますよー」


 少し言い方にイラッと来たが、いつもの事なので我慢することにした。私以外だったら即殴ってると思うから陽葵には私に感謝して欲しいところではある。そろそろ一人暮らしできるくらいの生活力身につけさせるか────









「おはよーみんなー」


 教室全部に響き渡るくらい大きな声で挨拶した陽葵。

 きっと皆からしたら、ピアノを奏でた時のような綺麗な声だろう。陽葵が教室に入る度、「あ、水瀬みなせさんだ!」「今日も可愛いなあ」なんて黄色い声を毎朝陽葵は受けている。何故かその中にもたちばなという、私の名前が入っていることがあるけれど。



「早く座るよ陽葵」


「わかった」


 陽葵は学校に居る時は何故か私よりもしっかりしている。ほんとに家でもしっかりしてて欲しい────










「え〜ここは────」



 なんて、数学の先生の声が教室を包む。昼休憩前ということもあって腹が減って仕方がない。


「……よしこれで授業を終わる、次回の授業は────」




 そして授業が終わって昼休憩が始まった。クラスの皆は各々お弁当を出す者もいたり、食堂で美味しくて安いご飯を食べに行く者も、様々だ。私と陽葵はお弁当でいつも一緒に食べている。今日も一緒に食べるつもりだったのだが、思わぬ声が廊下から聞こえた。


「燐音せんぱーい!一緒にご飯食べましょーよ」


 その声が聞こえた廊下の方へ視線を向けると、そこにはお弁当を持った、私の後輩────杏奈あんなが立っていた。


「あーごめん、後輩の子とご飯食べてくるから、陽葵今日は一緒に食べれない」


「……わかった」


 私が陽葵と一緒に食べれないということを、陽葵に告げると少し陽葵の機嫌が悪くなったような気がした。

 きっと陽葵は私のおかずを狙っていたのだろう。いつもおかずを貰おうとしてくるからな。あーんしてーなんて言われるが、あれはきっと甘えてるのではなく、おかずを奪いたいだけだ。


「せんぱい!早く中庭行かないとベンチ埋まっちゃいますよ!」


 陽葵みたいにガサツでズボラなんかじゃなくて、杏奈ちゃんみたいな素直で元気な子だったら幾らでもおかずをあげるのに、でも陽葵も陽葵でいい所はあるから。なんて考えていると、杏奈に手を引かれ中庭へ走った────
























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る