君の血は飲みたくない
目が覚めると、薄暗い部屋の床に寝転んでいた。体を動かすと手首がきつい紐で縛られていることに気づく。
(なにこれ……)
まともに動けないほどだ。そして、異様に喉が渇いていた。
(血が、飲みたい……)
その時、扉が静かに開き、さっきの男が入ってきた。
「起きましたか。おはようございます」
そう言いながら俺の方へ歩いてくる。そして、少し距離を取りつつ、俺の前でしゃがむ。
(そうだ...諒真が...)
「諒真...」
俺がそう言うと、彼は不思議そうに俺を見る。
「へぇ〜、今は血が飲みたくて仕方ないはずなのに、友達の心配するんだ。よっぽど大事な人なんですね」
そう言って彼は立ち上がり、何か持ってきてまた俺の前で座る。
そして、持っていたものを俺の前に置く。ガラス瓶に入った、お香のようなものだ。そのお香からは血の匂いがした。
「これ、血の匂いがするでしょ。吸血鬼なら余計に匂いが強いと思うので、血が飲みたくなっちゃいますよね」
そう言って彼はふふっと笑う。
「何が...目的...」
「実験ですよ。吸血鬼の」
「実験...?」
「実は私、他の人より鼻が利くんです。あのカフェに入った時、血の匂いがして。誰か怪我してるのかと思ったけど、その匂いがすごく強くて。どこからするんだろうって思ったら葉山さんからだったんです。私、吸血鬼の存在は知ってたので、すぐにピンと来ました。この人、吸血鬼なんだなって」
そう言って彼はニヤッと笑う。
「それでなんだかすごく興味が湧いて。葉山さんを使って実験しようと思って」
「実験って...なんの...」
「吸血鬼は血を飲まないとどうなるのか、とか。血の匂いをたくさん嗅がせたらどうなるのか、とか」
(なんだそれ...諒真は関係ないじゃないか...)
「それと...諒真には...どんな関係が...?」
俺がそう聞くと、彼はハハッと笑う。
「またあの人の心配ですか。本当は葉山さんだけ誘拐するつもりだったんですけど、あの人がなかなか葉山さんから離れてくれないからいっその事利用しちゃおうと思って」
「利用...?」
「はい。今から吸血鬼と人間の面白い実験をします。飢餓状態の吸血鬼は相手の命を奪ってしまうほど、血を吸ってしまうらしいんですよ。それが本当なのか試したくて」
「何言って...」
「今から、連れてきますね。あなたの大切な人」
そう言って彼はニヤッと笑い、立ち上がる。そしてドアの方へ向かっていった。
(まずい...今の状態で諒真にあったら...)
「待って...」
俺はそう言ったが、彼は振り返りもせず部屋を出ていった。
(どうしよう...)
俺は動こうと試みるが、紐で縛られている上に飢餓状態で動くことが出来ず、ただ待つことしか出来なかった。
しばらくして、遠くの方から諒真の声がした。
「離せっ!」
(諒真...!)
その声はどんどん近くなり、ドアの前まで来た。
そして、扉が開くのと同時に諒真が投げ込まれる。
「いっ...」
「諒真...」
俺が名前を呼ぶと、諒真が起き上がり、こっちを見る。
「瞬さん!」
そう言いながら諒真はこっちに走ってくる。そして、俺の前でしゃがんだ。俺の状況を見て、諒真は言う。
「今、縄解きますから。もう大丈夫です」
そう言って諒真は俺の手足の縄を解いた。
「瞬さん、立てますか?」
「ごめん...もう動けない...」
俺がそう言うと、諒真は俺の背中を後ろの壁にもたれさせた。
「血が欲しいんですよね。飲んでください。好きなだけ」
そう言って俺の口に首元を近づけてくる諒真を俺は精一杯の力で突き返す。
「瞬さん、なんで...」
諒真は驚いた顔でそう言う。
「...飲みたくない」
「え?」
「...諒真の血...飲みたくない」
「何言ってるんですか。早く飲んでください」
そう言って諒真は再び首元を近づけてくる。
「嫌だ...!」
俺はもう一度諒真を突き返す。諒真は不思議そうに俺を見た。
「なんでですか?」
「だって...諒真が...」
「俺がなんですか?」
「...死んじゃうから」
「何言ってるんですか。俺は死なないですよ」
「俺が...血...飲んだら...止まらない...から...」
「...俺が死んじゃうくらい、飲んじゃうんじゃないかって心配してるんですか?」
「うん...だから...飲まない...」
「その時は俺が止めます。それに、もし止められなかったしても、瞬さんが無事なら俺はどうなってもいいです。だから飲んでください」
(ダメだ...諒真は絶対に譲らない...)
俺は少し考えた。
(...そうだ。時間を稼ごう。俺が力尽きるまで...)
「...諒真」
「なんですか?」
そう言って俺の顔を覗き込む諒真の口に俺はそっとキスをした。
「...瞬さん?」
戸惑っている様子の諒真を俺は抱きしめる。
「...諒真...好き」
「...どうしたんですか急に」
「好きだよ...諒真...」
俺がそう言うと、諒真は俺から離れながら言う。
「...うるさいです。そんなの家に帰ったらいくらでも聞きますから。今は血を飲んでください」
(ダメだ...もっと...もっと好きって...)
「諒真...好き...」
「分かりましたって。いいから俺の血を...」
「諒真...は...俺の事...好き...?」
俺が諒真の目を見てそう言うと、諒真は1度目を逸らしてからまた俺の目を見る。
「...好きですよ。好きだから、瞬さんには生きてて欲しいんです。俺は大丈夫です。絶対、瞬さんを1人にしたりしないです」
俺は、その言葉を聞いて俯く。諒真が俺のことを大切に思ってくれてるのは十分分かっている。俺のために命だってかけれることも十分伝わった。
(そんなの...俺だって...)
俺だって同じだ。俺だって諒真のことが大好きだし、諒真のためなら俺の命なんてどうだっていい。
俺は今の状態で諒真の血を飲んだら、諒真を傷つけてしまいそうで怖くて仕方ない。だから俺は...。
「...ごめん...俺...飲めない...」
俺がそう言うと、諒真は辺りを見渡す。そして、そばに置いてあるお香の入ったガラス瓶を手に取った。
「...瞬さんがどうしても飲まないっていうなら、無理やりにでも飲ませます」
そういった後、諒真はガラス瓶を床に叩きつける。そしてその破片を手に取った。
(まさか...)
「...諒真...ダメ...!」
俺がそう叫んだのと同時に、諒真は自分の腕をガラスの破片で切りつける。
「っ...」
「お前...何して...」
そして諒真はその腕を俺の目の前に近づけた。その瞬間、俺の脈は早くなり、ヨダレが垂れる。
「...ほら、飲んでくださいよ」
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