事件発生

デートをした日から諒真は毎日くまのキーホルダーをつけて大学に行っていた。

その日から諒真は機嫌がよく、今まで以上にちょっかいをかけてくるようになった。

ある日は俺が風呂に入ってる時に風呂のドアを開けて「入っていですか?」と言ってきたり。

ある日は食事中に「あーんしてくれません?」と言って口を開けてきたり。恥ずかしくて全部断ったが、内心素直になれない自分に困っていた。

そんなある日、バイトが終わり、人気のない道を歩いていると、ふと後ろに人影を感じる。


(...誰か...いる?)


振り返るとそこには誰もいなく、気のせいかと再び歩き出すが、また後ろに人影を感じた。


(...なんなの)


俺は怖くなり、走って家に帰った。


そして次の日もまた、バイト帰りに人気の無い道を歩いていると後ろに影を感じた。


(まただ...)


昨日と同様振り返っても誰もいなく、俺は走って帰る。家に着き、中に入ろうとすると、後ろから話しかけられる。


「瞬さん」


「わっ!」


びっくりした俺は、後ろを振り向いて後退る。

目の前には諒真が立っていた。


「瞬さん、大丈夫ですか?」


諒真は心配そうにそう聞く。


「あ...いや...諒真、俺の後ろ歩いてた?」


「歩いてないですよ?だって俺、あっちから来ましたし」


そう言って俺が来た方とは逆の道を指さす。そりゃあそうだ。「きらくに」と諒真の大学は家からだと逆方向だ。


「あぁ...そうだよね...」


「瞬さん、とりあえず中入りましょう?」


「あ、うん。ごめん」


俺はそう返事して諒真と中に入る。玄関を上がり、部屋に入ると、諒真が真剣そうな声で言う。


「もしかして、誰かに付けられてたんですか?」


諒真のその質問に戸惑いながらも俺は正直に答える。


「うん。なんか、昨日から誰かにつけられてる気がして」


「...気のせいだったらいいですけど、気のせいじゃなかったら怖いので明日から俺が店の前まで迎えに行きます」


「でも、バイトがあるでしょ?それに逆方向だし...俺は大丈夫だよ」


ちゃんと強がったつもりなのに、″大丈夫だよ″という声が震えてしまった。

そんな俺を見て、諒真は俺をそっと抱きしめる。


「大丈夫じゃないじゃないですか。バイトは時間遅らせてもらうから大丈夫です。」


そう言われ、俺は黙り込んでしまう。少し沈黙が続いた後、諒真が言う。


「...瞬さん、俺のこともっと頼ってください」


俺はその言葉を聞いて、諒真を抱きしめ返す。


「...ありがとう」


そして次の日、バイトが終わると店の前で待つ。しばらくすると、諒真が来た。


「お待たせしました。帰りましょうか」


そう言って諒真は歩き出す。


「ごめんね。迷惑かけちゃって」


「迷惑なんかじゃないですよ。それに、瞬さんと帰れるのは嬉しいので」


そう言って諒真はニコッと笑った。

それからしばらく歩き、人気のない道に出る。警戒していたが、昨日までみたいに後ろに人影は感じられなかった。


「誰もつけてきてないみたいですね」


「そうだね。諒真のおかげかな」


「俺がいるとつけてこないんですね。しばらくは一緒に帰りましょうか」


「うん...ごめん、お願いしていいかな?」


「もちろんです」


そう言って諒真はニコッと笑う。俺はなんだか恥ずかしくなり、話をそらす。


「...くま、ずっと付けてくれてるね」


「あぁ、はい。この前拓実が気づいて、瞬さんに貰ったって言ったら羨ましがってました」


そう言って諒真はふふっと笑う。


「拓実くん、まだ俺の事好きなんだ」


「まぁ、なかなか好きな気持ちって消えないですからね。俺も瞬さんのこと、嫌いになりたくてもなれないと思います」


「それは俺だって...」


そこで俺は言葉を止める。危うく口を滑らすところだった。


「俺だってなんですか?ちゃんと言ってくれないとわかんないですね」


そう言って諒真はニヤッと笑う。


(言わなくても分かってるくせに...)


「...俺も諒真と同じ。これで分かるだろ」


「え〜?何が同じなんですか〜?」


「あぁもう!うるさい!」


俺はそう言って走り出す。


「あ!待ってくださいよ〜!」


そう言いながら諒真も走り出した。

そして、諒真と帰るようになって1週間程経った頃。

俺がいつも通り店の前で待っていると、男性に話しかけられた。


「すみません」


「はい」


声のする方を見ると、「きらくに」に最近よく来てくれるお客さんが立っていた。


「あぁ、最近よく来て下さる...」


「はい。葉山さんのことが気になりまして」


そう言って彼はニコッと笑う。


「俺がですか?」


「はい。だって...」


彼はそこで止まり、俺の耳元で囁く。


「葉山さん、吸血鬼ですよね」


俺は驚き、後退る。そんな俺の前にあるものを見せる。


「これ、見覚えないですか?」


彼が持っていたのは、俺があの日諒真にあげたくまのキーホルダーだった。


「なんで...」


「なんで俺がこれを持ってるのかを知りたいなら、黙って私についてきてください」


そう言って彼は歩き出す。俺はその後について行った。

しばらく歩くと、人気の無い道に出る。彼はそこに停めてある1台の車の前で止まる。


「乗ってください」


そう言って彼はリアドアを開ける。俺が黙って乗ると、彼はドアを閉め、運転席に乗った。そしてそのまま、車が動く。


「...どこ行くんですか?」


「さぁ、どこでしょうね」


「...諒真は、大丈夫なんですか?」


「あぁ、彼なら無事なので大丈夫ですよ。まぁ、連れ去る時に頭は殴ってしまいましたけど」


そう言って彼はふふっと笑った。俺はイラッとして、怒鳴る。


「ふざけるな!」


「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ」


「落ち着いてられるわけ...」


そこで突如、眠気が襲う。


(...なんだこれ...急に眠く...)


そんな俺に気づいたのか、彼が言う。


「おっ、薬が効いてきたかな。それ、吸血鬼にだけ効く薬なんですよ。エアコンにつけてるんです」


それを聞いてエアコンの方を見ると、確かに芳香剤のようなものが付いていた。


(...ダメだ。もう寝そう...)


そう思ってすぐ、俺は眠りについた。

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