嫉妬

「えっ…と…」


俺は驚いて上手く喋れず、フリーズしてしまう。


「あ、もしかして、お兄さんとか?」


「あ、いや、お兄ちゃんじゃないです」


「えっと…」


そんな何かを考えている拓実くんの後ろから諒真が走ってくる。


「おい拓実、勝手に上がるな」


「いいじゃん。ところでこちらの方は?」


「良くないし…まぁいいや。この人は、俺の同居人の葉山瞬さん」


それを聞いた拓実くんは俺の顔を覗き込む。


「へぇ〜…」


「っ…」


(近い…)


俺はどうしたらいいか分からず、じっとする。


「おい拓実」


そう言って諒真は俺から拓実を引き離す。


「ちょ、何」


「いや、何じゃないでしょ?初対面なのに距離近すぎ。瞬さん困ってんじゃん」


「あ、すいませんね〜」


「いや、大丈夫」


「あ、俺は…」


そう言いかけて、拓実くんは諒真の肩に腕をかける。


「諒真の友達の村瀬拓実で〜す」


「拓実、やめろよ〜」


そう言って諒真は拓実の腕を肩から降ろさせるが、また拓実くんは諒真の肩に手をかける。


「え〜、いいじゃんこれくらい、いつもやってんじゃん」


「それはそうだけどさ〜」


胸の辺りがモヤッとした。


(あぁ…俺、嫉妬してんだ…)


なんとなく、この場にはいたくない。そう思って俺は自分の部屋に行くことにした。


「ゆっくりしてきなよ。俺、部屋行ってるからさ」


「お、いいんですか?じゃあお言葉に甘えて…」


拓実くんはそう言ってリビングに向かっていった。


「瞬さん、すみません」


「いいよ。じゃあ、行くね」


俺はそう言い残して部屋に向かった。2人の様子が気になりながらも部屋でくつろいでいると、2人の笑い声が聞こえてきた。楽しそうだ。嫉妬の心と戦いながらも、気にしないないように携帯で動画を見たりして時間を潰した。そして1時間ほど経った頃、ドアをコンコンと叩く音がする。


「はーい」


俺がそう返事すると、部屋の扉が開く。そこには、拓実くんを支えたまま立つ諒真の姿があった。


「ちょっとこいつ酔っちゃったんで、家送ってきます」


(家まで送る…)


また俺の胸がモヤッとする。さっきからずっと嫉妬しかしてない気がする。でもそんなの俺の勝手な気持ちだし、諒真には関係ない。俺は無理やり笑顔を作る。


「わかった。いってらっしゃい」


「はい、お腹すいてますよね?すぐ戻ってくるんで、ちょっと我慢しててください」


「わかった。ありがとう」


俺がそう返事すると諒真は扉を閉める。


(″お腹すいてますよね″か。)


俺のことを気にかけてくれたのだと少し嬉しくなる。それから15分ほどして、諒真が戻ってきた。

もういいだろうと部屋からリビングに出ていた俺の元へ諒真が駆け寄る。


「すみません。ちょっと遅くなっちゃって」


「いや、全然待ってないから大丈夫だよ」


「とりあえず血、飲みます?」


「うん、そうさせてもらおうかな」


俺がそう言うと、諒真は服の襟ぐりを首元が出るようにサッと横にずらす。俺はその首元に噛み付いた。そして、血をゴクゴク飲む。


(やっぱり諒真の血は美味しいな。こんなこと出来るの、俺だけだ…)


そんなことを考え、いつもより飲んでいることに気が付き、慌てて口を離す。


「あっ、ごめんっ」


そんな俺を見て、諒真は、ふふっと笑った。


「別に大丈夫ですよ。相当お腹すいてたんですね」


「あ、いや…そういう訳じゃないんだけど…」


「だけど…?」


(独り占めしたくなった、なんて言えるわけない…)


「…なんでもない。俺風呂入ってくる」


そう言い残して俺は風呂場に向かった。

この日から拓実くんはよく遊びに来るようになった。そしてやたらと俺に絡んでこようとする。一緒に飲まないかと誘われて、何度か3人で飲んだこともある。

そして今日も3人で宅飲みをしていた。3人で話していると、家のチャイムが鳴る。


「あ、俺出ますよ」


「ん、ありがとう」


諒真は立ち上がり、モニターの方へ向かう。


「はーい」


「宅配便で〜す」


「は〜い」


そう返事して諒真は玄関に向かった。

リビングには拓実くんと2人だ。なんとなく気まづい。

しばらく沈黙が続いたあと、拓実くんが口を開く。


「瞬さんって、諒真の事好きですよね?」


「はっ!?」


俺は驚いて何も言えなくなる。


「わかりやすいんで分かりますよ。俺が諒真にボディータッチしたら表情険しくなるし」


無意識だった。嫌だと思ったのが顔に出ていたのか。


「まぁでも、本人は気づいてないみたいですけどね」


良かった。気づかれない方がいい。だって嫌われたくないから。


「そのまま気づかなければいいけど」


俺がそう言うと、拓実くんは不思議そうな顔をする。


「気づかれない方がいいんですか?」


「うん」


「なんでです?」


「だって…嫌われたくないから…」


「ふ〜ん…」


そういった後、拓実くんは立ち上がり、俺の方に体を向けたまま、横に座る。俺もなんとなく拓実くんの方へ体を向けた。


「なに?」


「俺なら嫌いになりませんよ?」


「え?」


そう疑問に思う俺を拓実くんはそっと抱きしめてくる。


「ちょっ、拓実くん、なにっ」


「…俺にしません?俺、瞬さんのこと好きなんです」


「えっ…」


(俺が好き…?)


俺は戸惑った。拓実くんはどちらかと諒真のことが好きだと思っていたし、まさか俺のことが好きだなんて思いもしなかったから。

そして、ただ単純に嬉しくなった。俺と同じように、男を好きな人なんて、そんなに居ないから。俺が受け入れられたのだと嬉しくなった。

でも、俺は諒真が好きだ。諒真との未来がないとしても。俺は拓実くんとは付き合えない。


「あの…」


そう言いかけた時、玄関へ続く扉が開く。諒真が戻ってきたのだ。すぐ離れれば良かったのに、俺はただ、諒真を見つめることしか出来なかった。

すると、そこに低い声が響く。


「何してるの?」


諒真は拓実くんに話しかけているようだった。拓実くんは俺を抱きしめるのをやめ、諒真の方を見る。


「何って、瞬さんに告白してんの」


少し間が空いた後、諒真が再び低い声で言う。


「帰れよ」


「嫌だよ。まだ返事もらってないし」


真剣そうな顔でそう言う拓実くんに諒真は怒鳴る。


「いいから帰れよ!」


「…わかったよ」


拓実くんは残念そうに荷物をまとめ、ドアへ向かう。


「瞬さん、またね」


拓実くんはそう言いながら笑顔で手を振って外へ出た。

気まずい空気のまま取り残された俺に諒真は不機嫌そうに聞く。


「拓実のこと、好きなんですか?」

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