魔女との邂逅

  ワラキア公国の皇都、

ヴランシュ城の最深部。


 地下にある簡素な座敷牢が、 

 フォリーの自室だった。



 フォリーは幼いながら、

 その白髪紅目の容姿から忌み嫌われ、

 幽閉されていたのである。

 

 なんでお父様はぼくを嫌うのだろう。


 


 ガンガンと頭が揺れるたび、

 意識の底で白い火花が散った。


 鼻腔を焼くのは、 

 ねっとりとした鉄の匂い。

 
 細い喉からこぼれる呼吸は掠れ、

 時折「けほっ、」と水気を帯びた音が

 漏れる。

 


 まだ子どもの輪郭を残す桃色の唇。
 

 中性的な横顔には、

 涙と血とが絡まり、

 紅い筋を描いていた。
 


 靴は部屋の隅に投げられ、

 シャツのボタンはどこかでちぎれ落ち、

 薄い腹が晒されている。

 

 真新しい痣が幾重も白い肌に浮かび、

 嗚咽と共に喉がひくつき、

 紅い瞳から零れ落ちる涙は止むことを知らなかった。
 

 視界は涙で歪み、

 一寸先すら判別できない。


 ──当時、フォリーはまだ七つ、

      八つの子どもでしかなかった。


 怖くて。

 
 こわくて。

 
 恐ろしくて。


 掠れた声で、

 
 母を呼んだ。


 だが返事はなかった。

 
 誰も来なかった。


 
 ──誰も、いなかった。


 その日は冬の厳しい日で、

 息を吸うたびに内臓が凍りつくような冷気が襲った。
 


 上着は奪われ、

 身を覆うのは一枚のシャツと薄いズボン、

 靴下だけ。


 寒くて。

 
 痛くて。

 
 怖くて。

 
 こわくて。


 震えることしかできなかった。



 大理石の床はただの石ではなく、

 魂を抉る祭壇のように感じられた。


 凹んだ模様が彼の心を映し、

 砕け散った幼い精神をさらに煽り立てる。


 ──それでも。

 亡き母の教えだけは、

 どうしても裏切れなかった。


 
『泣いても、怯えても、胸の奥に灯だけは

 決して消してはなりませんよ』


 
 その言葉を守ろうと、

 幼い胸は苦しく脈打ち、

 ヒリヒリと痛む身体を小さく縮め、

 荒れ狂う心を沈めようと必死だった。



 いっそ、命を絶てば楽になれる。

 割られたガラスの花瓶の欠片を手にした時


 __ そこに、美しい少女が立っていた。



 「……あら…可哀想に…大丈夫?」


 ふいに視界に差し込む、

 紅い宝石のような光。 


真っ白な髪と雪のような肌を持つ少女。


その美貌は現実から切り離された幻のようで ありながら、

 フォリーの頬に触れた白い指先は、

 確かに温もりを帯びていた。


 冷たい冬の世界で、

 ただ一つだけ確かなもの。

 それは救いの光か、

 それとも甘い奈落の呼び声か。




 ──その日、

   フォリーは美しい【魔女】と出会った。

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