第二幕・第二章:封じられた頁
夏芽は郷土資料館の奥、施錠された資料庫の埃を払いながら、古びた木箱を見つけた。
木箱は年月に晒されてひび割れ、金具は錆びついている。
蓋を開けると、油紙に包まれた紙束が現れた。
表紙には、煤けた筆文字で「古事記」とある。だがこれは印刷本ではなく、全て手書きの写本だった。
ページをめくると、見慣れた神話の文章の合間に、異様な注釈が挟まれている。
「魂呼びの儀」「薪守」「黄泉の薪」——。
その横に押された朱印は、竹林の奥にある石碑の紋章と同じ形をしていた。
さらに奥の頁を開くと、左頁に薄墨で描かれた地図が現れた。
町の外れから山にかけての地形が簡略に記され、三つの赤い印が打たれている。
一つは八幡神社、もう一つは廃れた山小屋。そして、最後の一つは——町北部の禁足地。
夏芽は息を呑んだ。そこは「荒川家の旧本家」があった場所だった。
資料館を出た夏芽は、道端で制服姿の少年と鉢合わせた。
葉山晴人。町の高校に通う生徒で、よく古道具店の手伝いをしている。
「……夏芽さん、ちょっといいですか」
彼は緊張した面持ちで声をかけてきた。
「昨夜、山小屋の近くで変なものを見たんです。人影……薪を背負ってて、薪の間から煙が出ていました。焦げた匂いも……」
晴人は一瞬、唇を噛みしめた。
「足、なかったんです。そのまま、井戸のある方へ……北に向かって歩いていきました」
夏芽は背筋に冷たいものを感じ、手に持つ写本の地図を見下ろした。
赤い印と晴人の証言が、ぴたりと一致していた。
夜、静馬は夏芽から報告を受け、深く息をついた。
旧本家——幼い頃、一度だけ訪れたことがある。
古びた廊下の軋む音、湿った座敷の匂い、そして夜中にどこからともなく聞こえた薪のはぜる音。
あれ以来、母はその屋敷のことを話そうとしなかった。
静馬は母の部屋を訪ねた。
母は病床からゆっくりと身を起こし、息子の問いに一瞬だけ表情を硬くした。
「……旧本家のことは、もう忘れなさい」
それでも静馬が食い下がると、母は諦めたように視線を落とした。
「荒川家はね……代々、婿を迎えてきた家。血を守るためだけじゃない。薪当番を務める者は、八幡様と契約を交わす必要があるの。
その契約は婿入りする男に課せられる儀式で……失敗すれば、その者は“薪”になる」
母の声は震えていた。
「私の兄も、その儀式で帰ってこなかった。あの日、旧本家の井戸から……焦げた匂いがしたの」
障子が夜風で揺れ、外の竹林からパチ……パチ……と、薪がはぜるような音が響いてきた。
静馬は胸の奥で確信した——井戸の底にこそ、呪いの根が沈んでいる。
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