第四章:炎の夜
八月十四日。
盆の中日、八幡町はいつになく静まり返っていた。
昨日に続き、田中の息子は見つからないまま。そしてその日の午前中、さらに二人の行方不明者が出た。
一人は、近所の独居老人・佐々木。朝の散歩に出たきり帰ってこなかった。
もう一人は、町外から来ていた配達員。荷物を届けたあと、最後に見られたのは八幡川沿いの堤防だった。
狩野刑事は荒川家を訪れ、淡々と報告した。
「これで四人目です。どれも八月、夜間、竹林や川沿い……そして、例外なく薪の跡が残っている」
静馬は何も言えなかった。
夏芽は唇を噛みしめ、机の上に置かれた新聞記事の山を睨みつけていた。
夕方、静馬はじっとしていられず、町を歩き始めた。
空は茜色から群青に変わりつつあり、あちこちの家の窓が早めに閉じられていく。
人気の消えた商店街は、風が吹くたびに古びた看板を軋ませた。
八百屋の軒先にいた老婦人が、小声で言った。
「薪の夜が来る……戸を閉めなさい」
川沿いを歩くと、葦の間から「パチ……パチ……」と乾いた音が聞こえる。
振り向くと、橋の上に中年の男が立っていた。見覚えのある顔——町の自動車整備工の藤井だ。
「藤井さん、もう暗いですよ」
声をかけると、藤井は振り返ったが、その瞳はどこか焦点が合っていなかった。
「……呼ばれてるんだよ。行かなきゃ」
彼の足はふらふらと川沿いの小道へ向かい、その先には竹林の影が伸びていた。
静馬は思わず追いかけたが、突然、背後から強い風が吹き抜け、川面が青白く光った。
次の瞬間——藤井の姿は掻き消えていた。足元には、片方の作業靴だけが残っていた。
町を戻る途中、静馬はもう一つの異様な光景を目にした。
路地裏で、若い女性が携帯電話を耳に当てて立っている。泣きながら「迎えに来て」と繰り返していたが、その視線は誰もいない暗がりに注がれていた。
静馬が近づこうとすると、彼女はふいに笑みを浮かべ、暗闇の奥へと歩いていった。
足元のアスファルトには、ほんのり温かい灰が散らばっている。
——薪の燃えた匂いが、鼻を突いた。
夜になると、町中に薪の音が広がった。
竹林だけでなく、神社の参道、廃屋の庭、川沿い……あらゆる場所で、青白い火がぼんやりと揺れている。
狩野刑事は懐中電灯を手に、静馬と夏芽を伴って竹林の入口へ向かった。
「今夜は何かが起こる」——そう言い切る彼の声は硬かった。
やがて、竹の隙間に炎が見え、その前に人影が立っている。
白い顔、長い髪、赤い唇——あの女だ。
女は微笑み、竹林の外へ向けて手招きをする。
群衆の中から、年配の男がふらりと前へ出た。
狩野が止めようとした瞬間、炎が激しく揺れ、白い腕が幾つも伸びて男を包み込む。
次の瞬間、男の姿は消え、残ったのは冷えていく灰だけだった。
町全体が息を潜める中、静馬の耳に——妹の声がはっきりと響いた。
「お兄ちゃん……迎えに来たよ」
振り向くと、炎の揺らぎの中に、幼い頃の妹が立っていた。
笑顔を浮かべ、手を差し伸べて——。
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