Sheratu’s Archives―少年と猫―
文月沙華
第1話
少年の足取りは重かった。
依頼書を握りしめて街を歩く。目的は――ただの猫探し。傭兵が受けるにはあまりに地味な仕事だった。
傭兵になって金を稼ぐと決めたものの、自分のような何の実績も持たない半人前に出来るような仕事はなかなかなく、なるべく簡単そうな依頼を選んで受けたものの、ここまでずっと失敗続きだった。
財布は軽くなる一方、傭兵になって初めて剣を手にしたあの時の自信はもう残っておらず、そんなところで目に入ったのがこの仕事だった。
銀色の装飾の施された首輪をした、蒼い瞳の黒猫を探す。
ただ猫を探しただけで一週間分の食費になる。正直に言えば金額に釣られたところも大きかった。反対を押し切って傭兵になっておいて、仕事がないからと院長の世話になるような情けない真似はなんとしても避けたい。
妙に金払いがいいのは怪しかったが、傭兵ギルドの職員が言うには依頼人はちゃんとした人らしい。猫の首輪もなんだか凝った装飾だし、単純に金持ちなのかもしれない。
「地味でもなんでも、まずは実績と金だ」
自分に言い聞かせるように呟く。薄暗い路地を歩き、塀の上や屋根にも目を配る。依頼書に記されていた猫はどこでも見かけるような黒猫だが、蒼い瞳と首輪は特徴的だから見れば一目でわかるはずだ。
現在地は大通りから分岐した細い路地——都市の中心部でありながら人通りは少ない。ただし、人以外、例えば猫なんかはよく見かける場所だった。
このあたりは少年の過ごしていた孤児院からも近く、大通りに行く時には近道でよく通っていた。自身の土地勘も活かすことができるし、探すにはまずはここからと思ったんだけど……。
建物の隙間から空を見上げる。今日に限って猫の一匹も見かけやしない。そもそも、この依頼書には外見以外ろくな手掛かりも記されておらず、捜索範囲はこの都市全体だ。もしかして、思ったより過酷な仕事だったのかもしれない。
都市を隅々まで見て回るとなれば、やったことはないが半日はかかるだろう。そんな中、どこにいるかわからない猫を探す……。
「やめようかな」
自然と深いため息が漏れていた。
別に依頼人から依頼を請け負ったわけではなく、事前に仕事を受けなくても見つけて連れてきた人に報酬を支払うという内容だ。いつやめたって何の問題もない。
むしろ、やめるなら早いに越したことはない。別の仕事を受けるにしろ、傭兵業以外に日銭を稼ぐ方法を探すにしろ――とにかく、見つかるかわからない猫を探してアテもなく都市を彷徨うよりはずっといいはずだ。
自分に言い聞かせるように思考を巡らせて、頭の中で言い訳を重ねる。
逃げるように猫探しの依頼に手を伸ばして、また逃げるようにやめるのか?
傭兵になると決めた時の強い気持ちは既に萎え、自分の情けないところだけが残ったようで、ずっと言いようのない居心地の悪さを感じていた。それから目を逸らすように身を翻し、いま歩いて来た道に目を向ける。
傭兵ギルドに戻るつもりだった。
「あ」
それは驚いたように蒼い瞳を見開いた。こちらが急に振り返ったことに驚いたのか、目が合ったことに驚いたのか。
――探していた猫が、そこにいた。
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