第十五帖 黒曜「白日の元に晒される」
あの刻、蛾なぞ存在しなかったのです。
わたくしに惹かれているそぶりは、演技だったのです。
暗殺対象に庇われ、命を救われるとは。
きっとわたくしはこの後、罪状を世間に公開された上で首を
お父様に見せる顔もありませんし、
いっそ自害してしまおうか。
「……いつから?
いつからお気付きでした?」
「最初から何か臭うものは感じておりましたが、決定的だったのは流鏑馬ですね。
あのように見事な構えで、ああも大きく外すのは、相当に不自然にございますよ」
「あっ……」
「ふふっ、手練れが却って仇となりましたね。
さて、わたくしの問いにもお答えいただきたい」
「恨み辛みもなにも、皇族など疎まれて当然ではありませんか!
政治は政治家がいればじゅうぶんに回りますし、国家の安寧を祈る儀式など実益のないものなど不要にございましょう。
加えて、おそばで拝見していても、あなたがたなど俗物ですよ。
なのに、政治家のように曲がりなりにも民に選ばれ、競争を勝ち抜いたわけでもなく、皇族に生まれたというだけで贅沢に暮らし、租税を食い潰し、民に負担をかけておられるだけではございませんか!」
「わたくしたちに価値がないというのが真ならば、あなたさまが政治家になり、そう提言し、多くの民を説得すれば自ずと皇室を断絶できるはずでしょう。
しかるに、あなたさまとて、お家柄に物を言わせて我が家に乗り込み、おうちの財産に物を言わせて磨き上げた才能と美貌を使って我が家を踏みにじろうとしているではありませんか。
たとえば、完全な庶民出の珊瑚君に、狡い御生まれよ、汚い手段よと申されましたら、潔く御実家の御威光をお捨てになるのですか?」
「うっ……」
「あなたさまのような、所作にも学問にも芸にも長けた上に、足のつかない暗殺を四度も決行できた聡明なお方が、そこには思い至らないとは不自然にございますね。
どなたか他の方から、強い思想を吹き込まれたのでは?」
「実は……」
「なるほど。
幼いうちから娘に、愛育を盾に偏った思想を植え付けるなど、諸悪の根源は御父上におありのようですね」
「いえ、責任は、齢二十二にもなって人を自らの手で殺める判断をした、わたくし自身にございます!」
「ふむ……
時に、現在の御実家のご家族構成はどうなっておられますか?」
「えっ、えっと……
母上と父上、そして次期家督の長姉とその夫。
そしてふたりの間に一男二女が……」
「その幼きお孫さんらを、御父上が唆し、齢二十を過ぎた彼ら彼女らがまたも皇族を殺めに動いても、御父上は悪くないと言い切れますか?」
「あっ……」
「そう、わたくしから見れば諸悪の根源には違いなく、放置しておくわけにはいかないのです」
わたくしの身体が回復するや否や、灰廉は、
「看病をしつつ色々とお話を聞いてわかったのですが、黒曜君は今回の件や流鏑馬の失敗などで、心身ともにお疲れになったようですので、里下がり(一時的に実家に帰ること)をなさいます。
わたくしにも責任の一端がございますので、御両親への謝罪がてら同行いたします」
と言い繕いました。
「さようでございましたか!
たしかに心労も重なる状況でございますね、
「紅玉君……」
「まことに。
御元気になられましたら、縁起が悪いと流鏑馬の実演を生涯禁止されたのは致し方ないことにございますが、わたくしにあの華やかな流鏑馬をご教授いただきとうございます」
「瑠璃君……」
「わたくしたちで滋養のある拉麺を作りましたので、お下がりになる前に食べていってくださいましね」
「珊瑚君、翡翠君……」
ああ……
ただでさえ恋敵、もしくは政敵だというのに、こうも素直に驚嘆され、心からの心配をされてしまいますと
……恐縮し、心が痛みます。
「あっ……」
胃にもたれてはならない病人食とあって、出汁は最低限の濃さですが、滋養が五臓六腑に染み渡りました。
こんなあたたかい場所で、わたくしは
……なんとおぞましいことを……
ふたりで牛車に揺られ、実家を目指します。
わたくしは決まりの悪さから奥に引っ込んでおりましたが、灰廉は車窓から興味深げに景色を眺めておりました。
「あっ、灰廉様〜」
畑の野菜を収穫していた小作人たちが、こちらに気付き、手を振りました。
灰廉が手を振り返すと、彼らは頬を更にほころばせ、
「ありがたきことにございます!
本日はよき日にございます!」
と、深々と頭を下げました。
「自分達から租税を持って行き、生活を逼迫させる張本人に、なぜ……」
すっかり離れてからわたくしが呟くと、
「まあ、わたくし自身が言うのも
それを言ってしまえば、神事や祭、化粧や高価な着物などに力を借りようとする行為、全てが無駄で、主催者や販売者は虚を売る者、ということになりましょう?
実利的なものしか信じず目指さない人生も、心が安らがず、世知辛いではありませぬか」
言われてみればその通りです……
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