第十二帖 黒曜「笛に毒を塗る」
以降、膳は全員の物を黒にし、端から規則的に並べず、無作為に配膳するという対策を取られてしまいました。
しかし、ここで諦めるわけにはゆきませぬ。
いざ、次の夜伽の機会。
わたくしは果敢にお慕いの意を述べ、それとなく灰廉に身体を触れ、懐柔しようとするも、
「まあまあ、そう急かずとも。
この、年に最も寒き時期の夜風に素肌をお晒しになると、お身体に障りますよ?
今は語らいで親睦を深め合うべき時期にございます」
と、華麗にかわされてしまいました。
他の女人達も、同じように言い含められているのでしょうか
……尋ねてみたい、と一瞬思いましたが、
もしも『夜伽はありますが』と言われてしまえば、それはわたくしが疑われているか、灰廉にとって魅力がないことの証左となるわけで
……そんな心が乱れかねぬ蛮勇に出ることはできない、と思い直しました。
「加えて、この時期は師走と呼ばれるだけあり慌ただしく、夜伽をしている暇もない、と申しますか。
一月もせぬうちに、
著しく増員いたしましたので、来年は歌、舞、演奏が合わさった
わたくしは笛、父上が和琴、瑠璃君が舞、紅玉君は琵琶、珊瑚君は
「な、なるほど!
道理で、わたくしがこの時期に強引な輿入れをしたことに、たいそうご立腹なされたのですね?
妃が増えれば、国風歌舞の編成を考え直さねばならないかもしれない、という懸念が頭をもたげますものね」
「さ、さようにございます」
「しかし、御心労には及びません。
わたくし、
「まことですか!」
灰廉は表情をほころばせました。
よかった……
これで僅かながらでも心を開くでしょう。
お父様から色々と学んでおいて、助かりました……
翌日から、全員での練習が始まりました。
皆から、まことにお上手、すぐに奏上できる、とのお墨付きをいただきましたが、わたくしにとってはそれ以上に、灰廉の笛の置き場所が
早速、珊瑚が体調を崩して練習に参加できない日の夜更けに宝物庫に忍び込み、口をつける位置に矢毒を塗り込みました。
「さて、珊瑚君不在は残念ですが、今日もれんしゅ……
おや?! 笛がない?!」
な、なんですと?!
元の場所に戻しておいたはず。
なぜこの局面に限って……
「え、ええと」
柄にもなく翡翠が目を踊らせます。
「わ、わ、わたくし、灰廉様の笛を、お、お掃除してさしあげようかな〜、と思ったんですよ、
そしたら、口をつける所に毒が塗られておりまして。
か、隔離して
そ、そういえば
……毒も、見ればそれとわかっても不思議はない
……で、でも何故、いきなり掃除をしようなどと?
「翡翠君ぃ」
瑠璃が、じっとりとした瞳で翡翠を一瞥しました。
「あなた、灰廉様の笛に口をつけたいあまりに、笛を持ち出したのでしょう?!」
「ええっ?!」
紅玉は頬を真っ赤に染め上げました。
「な、な、なぜに……?!
灰廉様にくちづけたいのならば、あなたさまとの仲なのですから、本人に直接くちづければおよろしいのに、なぜわざわざそのような回りくどいことを……?」
わたくしが思わず仰天して尋ねると、
「まったく、黒曜君は品がおよろしすぎて、男女の欲というものをわかっておりませんねえ!
敬愛する殿方が口をつけた品を盗み出して舐めるという行為は、くちづけとはまた違った背徳感があるのですよ!」
「ま、まことにそのような目的で持ち去ったのですか……」
灰廉が引いたことで、
「あっ……」
期せずして自白してしまったことに気がついた翡翠は、ここではじめて頬を赤らめました。
ま、まさに彼女の心の毒を以て
……毒を制す……
「ま、まあ、ですが許すといたしましょう。
きっと神様が、わたくしの命を救うために、翡翠君に強烈な邪心を抱かせ、このような行動を起こさせたのですね」
「ははっ、なんという寛大なお言葉
……たいへん申し訳ございません……」
まったく、実に
……灰廉には神でも付いているのでしょうか?!
いやいや、何を、戸惑いから軟弱な思考になっているのでしょうか
……神やもののけを本気で信ずる皇族など、良い歳をして
「時に、わたくしと父上は毎年、この賀で流鏑馬(馬を走らせながら矢を射る的当て)を行います。
本来女人が行うものではありませんが、毎年ふたりのみでは淋しゅうございますし、ご来賓の皆様が飽いておられるのが肌で伝わってまいりますので、」
このような時、他国は貴族男性に行わせるようですが、蛇紋国には貴族がおりませぬものね……
「皆様のうち、やってみたい方はおりませんか?」
馬上に慣れていないのか、妃達は尻込みをしています
……が。
「わたくし、やりますわ」
このような軟弱な女達とは違います。
お父様に馬術、
普段はどこにしまわれているのか不明な矢をおおっぴらに手にできるなど、絶好の機会でしかありません。
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