四章
一、西暦234年
嘉禾3年(西暦234年)
呉王朝は同盟国である蜀漢と歩調を合わせ、魏を攻めるべく軍事行動を開始した。
「上大将軍、陸遜!」
「ここに」
「荊州方面軍の指揮権を一任する。大将軍"諸葛瑾"と共に江陵から北上し、襄陽を攻めよ」
「御意」
孫呉の柱石を担う将軍達が一堂に会し、その筆頭たる陸遜は孫権より節越(軍権を象徴する鉞)を受け取った。
そしてその陸遜の傍らには諸葛瑾が膝をついており、孫権は諸葛瑾のその手を取って立ち上がらせる。
「子瑜(諸葛瑾のあざな)、今回は貴殿の弟"諸葛亮"との協調が大切だ。頼んだぞ」
「承知いたしました」
「うむ。では次!鎮北将軍、孫韶(そんしょう)!」
「はっ」
「広陵より軍を北上させ、淮陰より魏を攻めよ!補佐は奮威将軍"張承"!」
その後も次々と主だった将軍達の名前が呼ばれ、本作戦の全体図が自ずと浮かび上がってくる。
今回の戦いは呉と蜀漢の共同戦線であり、特に蜀漢の丞相"諸葛亮"の意向が強く働いていた。
諸葛亮は五度目となる侵攻を開始。兵站、兵数、拠点の確保に至るまで万全の準備を期し、乾坤一擲の決戦に動き出していた。
当然、呉も同盟国としてこれに同調しなければならない。
とはいえ蜀漢のお膳立てをするだけというつもりも毛頭なく、呉も呉で大きな利を得られると見て動き出したのである。
まず魏の筆頭臣下"司馬懿"の率いる主力部隊が長く西方に釘づけにされることにより、孫呉は敵の増援をさほど警戒せずに攻勢へ移ることが出来た。
また呉は三方面から成る攻勢を行うことで魏は更に戦線が拡大することとなり、戦力の集中が極めて難しい戦況となる。
どこか一つでも突き崩せれば、全ての戦線にそれは波及する。
これは諸葛亮へのお膳立てではなく、諸葛亮を餌に漁夫の利を得ようとする作戦でもあったのだ。
「本軍は朕自ら率いて、合肥新城を攻める。衛将軍"全琮"!」
「ここにっ!」
「お前に朕の補佐と、本軍の指揮権を預ける。そして前将軍"朱桓"!」
「はっ」
「将軍には前軍の指揮を委ねる。本隊より先行して進軍し、合肥新城までの道を拓け。戦端を開くのは貴方からだ」
「恐悦至極。陛下のために敵を一掃いたします」
「体調は大丈夫か?」
「問題御座いません。私自ら先頭に立って馬を駆ける所存」
「頼もしい限りだ!だが無理はするでないぞ、いいな」
鬼に苛まれていた頃よりもずっと顔色も良く、朱桓のその意気は溢れんばかりに漲っていた。
朱桓は孫権と共に呉の厳しい創世期を戦い抜いた古参の将軍である。
故にその親愛には特別なものがあり、孫権は元気そうな朱桓を見て優しげな微笑みを浮かべたのであった。
「そして"登"!」
「はい」
「お前は太子として建業に残り政務を取り仕切れ。朕に何かあればお前が跡を継ぎ、呉を牽引せよ」
「全身全霊を尽くして職務を全う致します」
「留守を務める際は、侍中"是儀"、輔呉将軍"張昭"の言葉を朕の言葉と思ってよく聞くように」
「かしこまりました」
こうして諸将達への任命式は終わった。
いや、まだである。孫権は居住まいを正し、静寂を待つ。
「──左輔都尉"諸葛恪"、前に」
静寂の中、文武百官の目線は一人の男に注がれた。
小柄なその男は速足で列を抜けて前へ進み、孫権の前で平伏する。
「今、このときより左輔都尉"諸葛恪"を昇進させ、撫越将軍および丹陽太守に任じる」
「恐悦至極。非才の身なれど懸命に励みます」
「呉軍が北を攻める折、必ず山越は蜂起する。その反乱を抑え、山越を一掃するのがお前の任務だ。良いな?」
「お任せください」
「よし。更に陳表を新安都尉に、顧承を呉郡西部都尉とし、お前の指揮下に加える。ここで功を上げ、太子を支えてやってくれ」
「御意」
新たに将軍と太守の印綬が孫権より手渡され、諸葛恪をはそれを受け取る。
時は234年。時代の転換点は、今この瞬間より幕を開いたのであった。
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