第8話
バーテンダーである八木の目には驚きと怒りが同時に現れていた。
Yの正体。それは、バーテンダーである八木のことだった。八木正典。彼は札付きの
「さて、どうしましょうか。私は警察官です。なので殺人事件の容疑者である新堂茜さんを逮捕しなければなりません。しかし、ひとりの人間としてあなたが復讐に駆られた気持ちもわからなくもありません。ましてや、この八木正典という男は見えない力に守られた人物なのです。彼の父は八木大輔、現法務大臣です。おそらくここで私が彼を逮捕しても、起訴へ持って行く前に見えない力が動いて何もなかったことにされてしまうでしょう」
私の言葉に、八木は醜い顔で笑って見せる。この男は過去にも何度か同じ経験があるのだろう。父親の力を使って事件を闇に葬り去ってきた。ありえない話だと思われるかもしれないが、こういった話は実際にあるもので、それはごく一部の警察関係者のみが知る真実だった。
「あんた、出世したいんだろ。おれから親父にあんたの名前を伝えておいてやってもいいよ」
「そうですか。それはありがたい」
私は口の両端を釣り上げて笑みを作ると、八木のいるところまで歩み寄っていった。そして、握手を求めるように右手を差し出す。
私の差し出した右手を見た八木は悪魔のような顔をして頷いて見せる。
「交渉成立だな」
八木がそう言って私の手を握ろうとした瞬間、私の右手はするりと八木の手を避けて、八木のシャツの袖を掴むと、左手で八木の右手に手錠を掛けた。
「な……なにをする」
「安心しろ。逮捕じゃない」
私は八木にそう言うと、八木に足払いをしてその場に転ばせると腕関節を捻り上げながら制圧した。
「いててててて。ちょっと、待てよ。何をするんだ。お前は出世したいんだろ」
悲鳴のような声を八木があげるが、私は容赦なく更に関節を捻り上げる。
そして、ポケットからブラックジャックを取り出すと、八木のがら空きとなっている肋骨のあたりに思いっきり打ち込んだ。
鈍い音が聞こえた。おそらく肋骨が折れた音だろう。
八木は咳き込みながら、必死に足掻こうとする。しかし、八木が動けば動くほどに私が極めている関節技が八木を苦しめるのだった。
「さあ、どんな風に拷問をしたのですか。私に教えて下さい、茜さん」
私は新堂茜に問いかけると、彼女にブラックジャックを手渡した。
八木は両手の自由を手錠で奪われており、さらには私に関節技を極められているため、まともに動くことが出来なかった。
ブラックジャックを受け取った新堂茜は恨みを持った目で八木を見る。
そして、一発、また一発と八木の身体にブラックジャックを振り下ろしていった。
遠心力と重力が加わったブラックジャックは非力な彼女であっても、まるで大男が殴りつけたような衝撃を八木の身体に与えていく。さらにブラックジャックの特性として、重いボディーブローのように体の芯や内臓に響くように効いてくるのだ。
八木が咳き込み、口から血が混じった唾液が流れ落ちる。それでも彼女は容赦せず、八木の顔の原型がわからなくなるまで八木の顔へとブラックジャックを振った。
私は少し離れた場所から彼女の様子を見守っていた。おそらく、彼女は八木の居所を吐かせるために、他の被害者たちにも同じようにブラックジャックを振ったのだろう。
どのくらい時間が経っただろうか。気がつくと、八木が地面にうつ伏せになったまま動かなくなっていた。
私は肩で息をする彼女の振り上げた手をそっと掴むと、ブラックジャックを取り上げた。
八木の首筋に手を当ててみたが、八木はすでに死んでいる状態だった。
「終わったね、茜さん。これであなたの復讐は終わりだ」
「はい……」
彼女はそう言うと、ひと筋の涙をこぼした。
「じゃあ、もういいね」
「え?」
彼女は驚いた顔をしてみせたが、私は構えた拳銃のトリガーを引いていた。
乾いた音がバーの中に響き渡る。しかし、その音は外に漏れることはなかった。バーの中は防音対策がしっかりとされているのだ。
眉間に穴を開けた彼女はそのまま後ろに倒れた。
幸せそうな顔だ。私は彼女を見下ろしながら、そう思った。
仕上げとして拳銃を死んだ八木に握らせて、もう一発銃弾を発射させる。これで硝煙反応が八木の右手についたはずだ。
捜査用の手袋を外した私はもう一度だけ彼女の幸せそうな死に顔を見てから、バーを後にした。
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