第5節 戦争の道具 1話目

 ――あるところに、それはそれは心底意地の悪い呪術師がいた。彼女はこの世界に生まれ落ちた時からこの世界にあるもの全てが自分にとって好きにしていいおもちゃだと思い込んでいるようで、あっちにいっては村を焼き、こっちにいっては街を潰していくような、そんな破天荒な人生を歩んでいた。

 そんな彼女は生まれ持った魔力が桁外れ、そして頭の出来も桁外れ。奇人変人、彼女に関わった者は皆どこかねじが外れたように何かを狂わされていった。中には彼女の真似をするような者もいたが所詮は紛い物、本質的に息をするかのように悪意をばら撒く彼女についていくことなどできず、すぐに淘汰されていった。

 そんな彼女にとってこれまでで一番遊び甲斐があったものは問いかければ、恐らく二つ返事で答えが返ってくる。


「――あーあ、もう少しオルランディアで遊びたかったのに、あの王ってば自分の座に保守的すぎでしょ」


 本来ならば森の精霊との交わりをやめて堕落したエルフは堕ちた者フォールンとしてその身に異形の変化が起こるもの。しかし彼女の見た目はエルフ族特有の長い耳が目立つだけで、その身において至って大きな変化など起きていないように思われる。

 白銀の長い髪を後ろ手に結び、最近は頭のいい賢者インテリごっこにでもハマっているのか眼鏡をかけているが、彼女自身は素晴らしい思想を持った賢者とは対極にいる存在であることを忘れてはいけない。


「できればすぐ近くのビゼルラで私も活動したいところだけど、最近脱走した堅物鍛冶師を追って魔剣部隊が出張っているって話だからなー。私か弱いから殺されちゃーう! きゃはっ☆」


 エルフ族としてそれなりに年齢も重ねている筈だが、彼女の場合はその年甲斐のない行動も衝動的に躊躇なく振る舞うことができる。だからこそ誰も彼女を理解できない。彼女を制御できない。


「……さて、こんな一人芝居しても面白くないし、オルランディアに置いてきた置き土産で遊びましょうかねー」


 そういって彼女はビゼルラ近隣にあるとある小さな村にある村長の家で、不法侵入の身でありながら堂々と椅子に座って温かくしたミルクの入ったコップを口元へと運ぼうとしたが、その寸前で何かを思い出したかのように手が止まる。


「……あ、そうそう。もっとちゃんとお掃除しないといけないわよ? 私みたいな心の広い客人ならともかく、中には怒る人もいるんだから気を付けてねー」

「申し訳ございません、ツァオベーラ様。直ちに掃除いたします」


 見た目だけでいえばツァオベーラよりもはるかに年上の老人が、まるで召使いのように深々と腰を折って頭を下げている。彼女は現時点では身分の無い流れ者のようなものであるにも関わらずである。しかしその理由は老人の空ろな目を見れば、自然と推測ができるだろう。


「……さ・て。集合場所は言ってたはずだけど、ちゃんと来るかしら――」

「ここにいたか。ツァオベーラ」

「あら? いるなら返事をしなさいよ」


 布のフードを目深に被って顔を一切見せない男が、いつの間にかツァオベーラの対面に立っている。


「指示通り、あらゆるパーティにを潜伏させた。現時点で表面上の目的は達成できている」

「ふーん、やるじゃん。私の見立てじゃ組織を作ってからもう少し時間がかかると思っていたのに」

紅の夜ブラッドムーンも近い中、パーティの戦力補強の契約が安値でできるのなら誰だって飛びつくだろうさ」


 紅の夜ブラッドムーン――その単語を聞いた時のツァオベーラの作る笑みこそが、彼女の本質を露わにしている。


「あぁー……それはタイミング的にもたまらないわね。そういう時期だったかしらー」


 紛れもない、狂喜。そして狂気。遊び終わったおもちゃをそのまま散らかしっぱなしにするような、片付けなんて知ったことではないといった堂々たる口ぶり。それがツァオベーラという呪術師の性格の一端だった。


「後はあんたの指示一つで、ギルドを引っ掻き回せる」

「それも面白いんだけどー、もっと面白いことになりそうなのよねー」


 彼女が手に持っているのは、とある人物の姿を写しだした――しかしこの世界においてまだ写真という技術は発達しておらず、フードの男からすれば精巧に描かれた一枚のとしかとらえられないでいる。


「……驚いた。あんたにこんな絵心があったとは」

「そうなのよそうなのよー、もっと褒めてもいいのよ?」


 しかし男はそれ以上写真の精巧さに触れることはせず、目的であろう映し出された人物についての問いをツァオベーラに投げかける。


「……こいつは確か、例の――」

「そ、魔剣部隊一の問題児。そして私にとっての心残りのうちの一つ――」


 盗撮写真のように撮られていたものの正体、それはドゥリィに絡まれて面倒そうな顔を浮かべているレーヴァンの姿。

 男はその正体を確認するなり苛立っているかのように荒い息を僅かに漏らしたが、ツァオベーラはそんなことなどお構いなしといった様子で写真に写るもう一人ドゥリィの方に指をさす。


「それとこの子、確か貴方のところにある玩具オモチャの一つでしょ?」

ではない。こいつもまた|魔剣と同じ、だ」

「道具?」


 男はそこでようやくフードを脱ぎ、自らポリシーを見せた方が良いとばかりにかおをツァオベーラの前に曝け出す。


「……へぇー、薄々気になってはいたけど面白い貌ね貴方」

「そう言うな。俺は俺でこの貌は気に入っているんだ」


 貌を前にしたツァオベーラがキャッチーな芸術作品にちょっとだけ興味を示しているか程度の反応を示したところで、男は再びフードを目深に被りなおして元の話を続ける。


「俺みたいな奴から戦争は取り除けない。そしてこいつらも、だ」

「まあ、そういう集まりとして私も内々で集めてきた訳だしねー」

「そういうことだ。そしてあんたの言う通りにすれば――」

「ええ、そうね。もしかしたらなれるかも」


 なれるかも、という言葉は本当にその通りの意味でしかない。彼女ツァオベーラにとって、遊び終えた玩具がどうなろうと知ったことではない。

 故に無責任に壮大に、男が望む言葉を口から吐くことができる。


「戦争で故郷を焼かれた貴方達が、三本も抜けてボロボロで落ち目の魔剣部隊にとって代わる。それってとっても――」


 ――面白い事じゃない?

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