第3節 紅の夜 5話目

「――今からちょうど四年前に起きたヴォーチア大戦について、君は知っているかい?」


 時刻は少し巻き戻り、ビールを片手に昔話を始めようとするグナーンが口を開いたところからこの話は始まる。


「ヴォーチア大戦……」

「その様子だと、聞いたことはある感じかな?」


 聞いたことがあるも何も、レーヴァンはその日初めて戦場に投下される魔剣としてその戦火のど真ん中に立っていた。

 そして諸国においてはレーヴァンについての評価――それが決定的なものとなったと言っても過言にならない戦いでもあった。


「ここから東にある広大な草原地帯、ヴォーチア……今となってはただの広大な埋葬地だけど、そこでオルランディア王国の軍と――」

「オルランディア王国に対抗する為に国同士で手を組んだ連合軍が戦ったやつだろ? んなもん誰でも知ってるっつーの」

(ついでに言うなら、魔剣包囲網だなんてふざけた包囲網を敷かれていたこともな)


 当時から軍事国家として諸外国から危険視されていたオルランディア王国は、国の領土を広める為に西側諸国を相手に数えられない程の戦争を繰り返してきた。

 オルランディア王国北北西に位置する、ブリザード吹き荒ぶ自然の厳しい気候によって守られている国、ボレアルス。

 北西にはキュリオテ共和国と交流が深く、そして気候も比較的落ち着いているとされる人間主体の国家、ウェスノール。

 西のキュリオテ共和国を飛ばし、ウェスノールと共和国を挟むようにしてオルランディアと南西方面で繋がる、エルフ族が治める国メリーディア。更には直接的に戦ってはいないものの、物資面での支援でこれらの国を支援していた国は、更にいくつも存在している。

 キュリオテ共和国も、特段手を貸すことはしなかった。代わりに貸したのは戦う場所――まさにこの戦いの戦地となる、ヴォーチア平野だった。

 しかしそれらの支援を持ってなおオルランディア王国とは実質的には負けに近い引き分けという結果が残されている辺り、オルランディアがどれだけ軍事的に強固な国家であるのかを改めてうかがい知ることができるだろう。


「ならば話は早い。あの戦争における死者数のことについて、百万を超えていることも知っているだろう?」

「……ああ」


 百万――特段驚くこともない。その数字が実感できるだけのことを、彼はやってきたのだから。

 殺さなければ、される。捕虜ではなく最初からす目的で向こうは包囲網を敷いて攻め立てていた。


「……その時にオルランディア側で指揮を振るっていた呪術師がある呪いをかけたことについては?」

「……知らねぇ」


 ――この時レーヴァンは、この場で初めて嘘をついた。その呪術師について一切の面識がないどころか、今のレーヴァンを形成するにあたってその中心にいたと言っても過言ではない存在。

 技術面における戦い方を教わった師匠がボルグだとすれば、精神面における戦いへの向き合い方を教えてくれた師匠。それがレーヴァンの知っている彼女の姿。

 

 ――そして今となっては、その全てが忌々しいものとなっている。


 そんなことなど知る由もないグナーンは、更にその呪術師についてこう語る。


「……実はその呪術師によって、戦場にはある呪いがかけられていたんだ」


 一年に一度、戦争が始まったその日の夜。血のように赤い月が昇る夜――




 ――生者の血を求めて、屍がよみがえる呪いが。

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