第3節 紅の夜 2話目

「――お客様、失礼ですが」

「うん?」


 食べなくても話を聞くとは言ったものの、追加で注文された手前残すわけにもいかず、スープまで飲み干したところでウェイターから声がかけられる。


「先日に続きまして大量のご注文を頂けたことには大変感謝しておりますが……お支払いの方は大丈夫でしょうか……?」


 先日と合わせれば十人前は軽く超える食事量。そうなってくればいくら大衆店とはいえ、支払い総額も大きなものとなってくる。


「大丈夫です。私が払いますから」

「あの……ご確認した方がよろしいかと……」

「そうですか?」

(やっぱ足りねぇんじゃねぇか……?)


 おそるおそるといった様子で伝票を渡すウェイターに対して、ドゥリィはあくまで支払えることを前提に堂々と受け取り、その額面に目を通す。


「…………」

「……おい」


 ――ここに一つの疑問が提起される。道具を自称する無感情な少女に対し、支払い能力を超える金額が提示された場合どう言った反応を示すのか。


「…………」

「…………」

「……お客、様……?」


 答えは思考停止フリーズ。一応は手持ちの財布を提示してみるも、追加料理分の金額が足らず。

 そして予想通り、といった雰囲気でウェイターの顔が強張ってゆき、そして目つきも客に対するものではなく食い逃げ犯へ向けられるような厳しいものへと変わっていく。


「……悪いが支払いができないのなら、客ではない! 憲兵に通報させてもらう!」

「待ってください。必ず支払いますから――」

「手持ちがないというのに、どうやって支払うというんだ! 見苦しい!! 以前も支払いがギリギリの様子だったから怪しいと思っていたんだ!」

(マジかよ……ちょっと罪悪感湧いてきちまったじゃねぇか)


 自分が原因であるにもかかわらずドゥリィだけが責められているこの状況で、レーヴァンはいたたまれない気持ちもあってかドゥリィを庇おうと仲裁に入ろうとした。


「おいおい、そこまで言う必要ねぇだろ――」

「だったらあんたが支払いをするというのか!?」

「うっ……それは……」


 当然レーヴァンも無一文であり、価値があるといえるのは腰に挿げている本体だけ。


「い、今からギルドで依頼を受けてくるからよ! その報酬で――」

「そんな悠長なことを許すとでも思っているのか! そもそもギルドに所属しておきながら食い逃げなどと、恥を知れ!!」

「ぐっ、何も言い返せねぇ……!」


 こうなった原因は自分にあるという自覚が強まっていく中、レーヴァンは何とかしようと考えを巡らせるが――


「……ごめん、なさい」

「っ!」


 その目から涙は一切流れない。しかし顔を下に向けて沈んでいる様は、はた目に見て悲しみの感情を帯びていることは読み取ることができる。


「っ……謝って許されることではない! いいか! 二人とも大人しくしていろ!! それと、ギルドタグ!!」

「は?」

「憲兵に提出させてもらう前に、こっちでも身元を確認させてもらう! 所属するパーティがあるなら、そこにまず支払いを請求させてもらうからな!!」

(チッ……折角貴族に呼ばれたってのに、俺のせいでケチがついちまう……!)


 本人に支払い能力がないのであれば、本人の周りに責任が及ぶのは当然の流れ。そうした方向に話が向かおうとしたところで、ドゥリィの無感情だった顔に初めて別の表情が形成されていく。


「っ!? それだけは止めてください!」


 それは一般的にいうところの、焦りの表情だった。額からは汗が流れ、目がいつもより見開いている。そして何か別の手立てでもって解決に導こうにも、考えが思いつかないのか口が中途半端にぱくぱくと間の抜けた開け方をしている。

 ギルド経由でパーティの助けに入った者が、逆にパーティに迷惑をかけるなど言語道断。契約は打ち切られ、そして恐らくはドゥリィの所属する組織にまで問題は波及していくことになる。そしてそうなってしまった場合の顛末を、ドゥリィは既に知っている。


「駄目だね! とにかくギルドに所属しているというのであればタグを出せ! 話はそこからだ!!」

(クソッ……またアドワーズに怒られちまうな……)


 こうなってしまってはどうにもならない、とレーヴァンはお手上げといった様子だったが――


「――ッ!」

「っ! おい!」


 ――一瞬の殺気。それはダガーナイフへと伸びようとしていたドゥリィの手をレーヴァンが制したことで収まっていく。


「……っ」


 ――その表情は、冷酷そのもの。ドゥリィはこのまま組織に迷惑をかける事よりも、ウェイターを殺して自分だけが責任を背負って逃げだすことを選ぼうとした。

 しかしその冷たくなった目を、レーヴァンはまっすぐと見つめてその心に訴えるかのように声をかける。


「……それだけは、止めろ」

「…………」

「こんな下らねぇことで、テメェが全部背負うような真似すんな」

「…………」


 そして未だに何が起きようとして、どう事態が収まったのかを理解できないウェイターが、ここで再度口を開く。


「……一体、何を――」

「何があった!?」

「っ!? 誰だ!?」


 ドゥリィの殺気を感じ取ったのは、その場にいたレーヴァンだけではなかった。


「これは失礼。我々のリーダーが何か不穏な空気を察知した様子で、何かトラブルが起こったのではないかと勝手に首を突っ込んでしまったようで」

「いや、確かに今物凄い殺気をこの部屋の方から感じ取ったんだが……おや? 君は――」

「……誰かと思えば、確か――」


 個室のドアを開けて入ってきたのは、レーヴァン達をDランクへと推薦した男。


「久しぶりだね、ヴァン君。何やら揉め事のようだけど、大丈夫かい?」


 ――Aランクパーティ、夜明けの一座のリーダー。グナーンがそこに立っていた。

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