第3節 紅の夜 1話目

 ウェルング達が出発する前に一緒に朝食は済ませているにも関わらず、レーヴァンはこれが今日初めて行う食事であるかのような食いっぷりを見せていた。

 この日もドゥリィの身の上話を話半分に聞きながら、食事の為に手と口を動かす。単にタダ飯にありついているだけの気楽な時間が過ぎていく中で、レーヴァンの中にふとした疑問がわいてくる。


「もぐ、むぐ……ごくん……っ、そういえばなんだけどよ」

「うん?」


 それまで膨らませていた頬を元に戻したところで、レーヴァンはドゥリィに対する素朴な疑問を投げかける。


「ギルドから派遣されてるってのに、パーティの依頼とかしなくていいのか?」

「大丈夫、ちゃんと仕事はしているから」


 明らかにドゥリィ一人では計上されないであろう予定外であろう出費が、連続して続いている。本人はというと大丈夫だと言って再び金貨の入った袋を見せるが、本日二回目に目にしたところで、レーヴァンはある確信を持った。


(やっぱりこの前は食い過ぎだったか……?)


 いくらタダとはいえ、相手の懐事情を知ってしまってからは自然と食事のペースも落ちてしまい、そして遂には追加の注文ですら躊躇ためらってしまう。


「……まあ、朝飯だしそんなに食う必要もねぇか」


 本当であればまだまだ活力エーテルの補給ができるものの、レーヴァンは気を遣ってこれ以上食べる気はないといった様子で、食事の手を止めようとしたが――


「遠慮しないで、食べていいんだよ?」

「遠慮じゃねぇって」

「でも食べないってことは、もうこの場から離れるって事だよね?」


 つまり彼はこれ以上話を聞いてくれない、もう自分と関わる気はないのだ、と思ったドゥリィは、焦りからか自分から食べ物の注文をしようとしている。


「遠慮しないで、私が注文してあげるから」

「いや、だからそうじゃなくって――」


 レーヴァンが止めようとするも、注文を取りにやってきたウェイターに向かってドゥリィは勝手な注文を始める。


「はい、何でしょう」

「丸パンとピザ、後は肉団子のスープをください」

「いや、だからもう――」

「いいから、食べて?」


 注文を受け取ったウェイターの背中を見送った後、レーヴァンはそのまま呆れた表情でドゥリィの方に顔を向ける。


「……テメェの財布事情を見たら遠慮するに決まってんだろ」

「大丈夫だってば。道具にお金の使い道なんてないし」


 チャリ、と明らかに中身の少ない音がする財布袋を机の上に置かれてしまっては、お金の使い道以前に今回の支払いが大丈夫なのか、という不安すら出てくる。


「……先に言っておくが、俺は金を持ってねぇからな」

「大丈夫だよ。足りるから」


 足りる、というのは袋の中身全てを空にすれば足りる、という意味であって、この後の生活を考えればどう考えても足りる筈がない。


「あのなぁ、テメェの生活の金まで無くなってまで俺は飯食いてぇ訳じゃねぇんだよ」

「でもご飯を食べないってことはこれ以上お話を聞いてくれないって事でしょ?」

「ハァ……別に飯食わなくても話ぐらい聞いてやるっつーの」

「ほんとに?」


 イスに深く座り直し、背もたれに寄りかかって腕を組むレーヴァンに向かってドゥリィは身を乗り出して確認する。


「本当にお話を聞いてくれる?」

「聞くっつーの……別にこの後用事もねぇしな」


 今のレーヴァンには留守を任されている以外、明日まで特にやるべきことは何もない。逆にいうならドゥリィとの会話は彼にとっても丁度いい暇つぶしになっている。


「よかった。今日はもっといっぱい話したいことがあったんだ」

「そうかよ……」


 二人にとって、他愛のない会話だけが続く緩やかな時間が過ぎていく。

 それはレーヴァンにとってはただの暇つぶしに過ぎず、特にこの後思い出に残ることもない出来事に過ぎない。

 しかしドゥリィにとっては人間らしく過ごせていると感じることのできる、とても幸福な時間であった。




 ――その後には、想定外の食事代が控えているとも知らずに。

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