第2節 戦争の傷跡 4話目

「――そろそろ街道を離れ、野道を走ります。いくら半日かかるといっても夜遅くになれば夜盗も出てくる可能性もありますので、多少の揺れはご容赦を」

「夜盗、ですか?」

「ええ。いくら紛争が無いとはいえ、国境近くという事に変わりはありません。治安を守るべく様々な施策を打ち出してはいますが、国境をまたいで逃げてしまわれたらどうしようもありません」


 いくら盗賊を追っているとはいえ、隣国の兵が続々と領地に入ってきては言いがかりをつけての敵情視察、あるいは侵略行為と取られてしまうだろう。そしてそうなってしまえば紛争、そして戦争へと繋がっていくのは火を見るよりも明らか。


「隣国からの密偵にも目を光らせなければならない中、隙間を縫って行われる盗賊活動にはほとほと困っているのですが――」

「ギルドに依頼とかはしないのですか? あるいは賞金を懸けるとか――」

「賞金首にするのも一つの手かもしれませんが、一部の犯罪者が有名になることを狙っての盗賊行為を煽ることになりかねませんし、賞金が高ければ高いほど懸けられた相手の力量が必要以上に大きく見えてしまって、皆が萎縮する事態に繋がるかもしれません」


 わざと必要以上に輪をかけた高額賞金を懸けることで腕に覚えのある冒険者などの興味を引くのも一つの手かもしれないが、そうなってくると今度は貴族側のふところ事情が厳しいものとなっていく。


「盗賊問題ですが、意外と国境付近の方が頭を抱える問題でもあるのです……」

「大変なんですね……」


 いつの間にか馬車の窓から見える景色は農村部の風景へと変わってゆき、そしていずれは家すらもない単なる平野へと続いていく。

 そんな道すがら、ふとアドワーズは後ろを振り返る。


「どうかされましたか?」

「いえ……」


 人混みもなく、人の視線も自然と少なくなっていく中で、消えていった一つの気配。


「…………」

(まさかこっそり追ってきてないでしょうね……)


 そんなアドワーズの考えは文字通り杞憂であったようで、馬車の後ろについている窓から外を覗き見ても、誰一人として姿が見当たらない。


(……気のせいかしら)


 そうしてアドワーズは再び目線を前へと戻し、その場を持たせるような他愛のない話を続ける。

 アドワーズの感じていた気配は、確かにレーヴァンのものだった。そしていつの間にかその気配は馬車の遥か彼方、後方へと消えて行っていたのである。



          ◆ ◆ ◆



 ――その目が見つめるのは遥か彼方。既に馬車も見えなくなり、人の壁も散って元の人ごみと化していく中、一人の少女に腕に抱き着かれた状態で立ち尽くすレーヴァンの姿がそこにあった。


「あはは、また会えたね」

「……あのなぁ、俺は今忙しいんだよ。テメェに付き合ってる暇はねぇ」

「えっ? 何をしてたの?」


 腕にしがみついたまま、レーヴァンと同じ方角を眺めるドゥリィだったが、当然彼女の目にも馬車はとっくに映っておらず。


「……誰かを探していた?」

「……もう見失っちまった」

(……いいさ、追ってこいとは言われてねぇし)


 心の中で捨て台詞を吐きながら、その台詞を吐かざるを得ない状況を作り出した原因となる少女の方を向いて睨むような視線を浴びせる。


「…………」

「……ごめん。私のせいだね」

「気にすんな。ちょっと気になって追っていただけだ」

「そっか。ならよかった」


 明らかに落ち込んでいる雰囲気を感じたのかとっさのフォローを入れるレーヴァンであったが、次の瞬間にはケロリとした様子でいつもの無表情ぶりを見せるドゥリィを見て思わず舌打ちをしてしまう。


「チッ、そういえばコイツは自称無感情女だったな……」

「自称じゃなくて、私は道具として感情を持たないの」

「それはこの前飯を食う時に聞いたっての……ったく」


 それにしても変な人間につき纏われてしまったものだ、とレーヴァンが片手で頭を抱えていると、ドゥリィは何を考えたのか布袋をチャリチャリと音を鳴らしながらポケットから布袋を取り出し始める。


「ねぇ」

「ん?」


 レーヴァンの視界に入ったのは、先ほどドゥリィが取り出した金貨の入った布袋。心なしかこの前よりも少しだけ、袋がしぼんでいるように感じられる。


「また、ご飯食べに行かない? いっぱいお話したいんだ」

「……また奢るってんなら別にいいけどよ」

「やった!」


 奢られる側であるレーヴァンがその条件を呑まれることで「やった」というのであれば、この話はすんなりと理解ができる。しかしこの時「やった」と声を挙げたのは、ドゥリィの方だった。


「……テメェ、奢りたがりか?」

「ううん。違うけど?」


 この時の喜びようも、なんだかどこかぎこちなさが残っている。しかし以前よりも不思議と何故か、人間と思えてしまう。


「だったら何で喜んでいるんだよ」

「そりゃ嬉しいよ……だって、この前のご飯の後、初めて――」


 ――笑顔を作れたんだから。

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