第2節 戦争の傷跡 3話目
――翌日。定刻通りに
「それじゃ、行くとするか」
「ええ、楽しみですねお父様」
工房側から姿を現したのは二人。そもそも流れ者ゆえにフォーマルな服装など持っている筈もなく、着の身着のままで馬車へと向かうウェルングと、同じく冒険者としての服装に身を包むアドワーズがその後を追う。レーヴァンはというと、身元がバレてしまわないように念のために留守を任されることとなっていた。
(チッ……また暇つぶしに街でも出歩くか? いや、あの女にまた見つかるのも面倒だしな――)
物陰にてどう暇を潰そうかと考えているレーヴァンをよそに、馬車の前に立っていた従者が突然アドワーズの前に立ち塞がる。
「……お待ちください。武器を着用したままデアルム様との謁見はご遠慮いただいておりまして」
「そうなのですか? 私としてはお父様の護衛として、武器を所持しているだけなのですが……」
「今回はただのご歓談ゆえ、そのような事は起きないかと存じます」
しかしながら腰に挿げてある剣こそがアドワーズの本体であり、こうして顕現しているのはあくまで剣霊としての霊体。それらを離れ離れとすることはできない。
(一体どうすれば――)
「まあまあ、娘の持っている剣も中々のものでな。機会があるのならお見せしたいと思っておるんじゃ」
「そうなのですか?」
「そっ、そうなんですよ! お父様は私の為に素晴らしい剣を作って下さっているんです!」
「ふむ……では剣は一旦こちらで預かって、現地にて改めてお渡しするという形でもよろしいでしょうか? 我々といたしましては、あくまで安全を考えてのことでして」
互いにとっての最大限考慮された折衷案。領主を護る者としての考えと、離れることを許されない魔剣としての都合。その両方が満たされる方法となれば、これ以外は考えることができない。
「そうか、ならば一時預けておくとしよう。それでよいな、アド?」
「ええ! 勿論です!」
自らの腰元から離れることになれど、馬車の中でいえば反対側の席に立てかけてあるのみ。アドワーズ程の実力を持つ者がその気になればすぐに奪い取れる場所にあるものの、逆にいえばその程度の距離しか離されずに済んでいることにアドワーズは内心安堵の息を漏らしていた。
(このままこの護衛の方が持たれたまま、案内までしていただけるのならいいのですが……)
「ちなみにここから屋敷まではどれくらいかかるんじゃ?」
「馬車でおよそ半日ほどになります」
「となると、夜になってしまうが――」
「ご安心ください。一泊できるように部屋もご用意しております」
「それは……ありがたい話じゃな」
予想外の長丁場となりそうな雰囲気に、ウェルングとアドワーズは一抹の不安を覚え始める。
そして――
(留守って言われていたけど、これは俺もついていくべきか……?)
様子を伺うべく物陰に潜んでいたもう一振りの魔剣もまた、どうするべきかの選択を迫られていたのだった。
◆ ◆ ◆
「――噂は本当らしいな。このビゼルラの街から、デアルム卿に謁見を許される人が出たなんて」
「あの武器コンペ、半ば出来レースみたいなものだったってのによくも通ったもんだぜ」
「しかもあれ、アイアンスミス工房からの提出みたいだぞ?」
「それは流石に嘘だろ? だってあそこの職人流行り病で寝たきりだってのに」
様々な憶測が飛び交う街中を、馬車はゆっくりと進んでいく。
戦勝パレード――とまではいかないものの、それなりの人の壁が馬車の両脇に立ち並んでいる。
「……なんだか、凄い注目を浴びてますね」
「そうじゃのう……」
「なにとぞ、注目される点につきましてはご容赦を。デアルム様がこうして屋敷に人を招き入れることなどめったにない事ゆえ、人伝いの噂の広まりも早いようで」
ビゼルラを含む一帯の地域を守る辺境伯、デアルム卿――正確にはポールトン領を治めている貴族であるとされる男の下へ、馬車は向かっている。
「そういえば、どういったお方なのでしょうか?」
「と言いますと?」
社交界にも顔を出したことがあるアドワーズだが、デアルム卿という名を耳にしたことはあれど詳細までは把握していない。その為馬車に揺られる道すがら、少しでも情報が得られればと思ったアドワーズは、そのまま向かいの使いに問いかける。
「ご存じの通り我々はただの旅の者。お恥ずかしい話ですが貴族のあれこれについては疎く、少しでも事前にお話を伺えればと思いまして……」
「おお、そうじゃな。わしもひとまず腕試しのつもりで剣を提出しただけで、こんなことになるとは正直思っていなかったんじゃ」
「なるほど。確かに一時的な滞在だとしても、ギルドに身分を登録して日銭を稼ぐ者は少なくありませんからね」
アドワーズにとっては、できれば事前に知っておきたいことがいくつかあった。その内の一つが最初の質問。
「辺境伯、とおっしゃっていましたのでこの近辺であればオルランディア王国を見据えておられるのでしょうが、実際のところどうなのです?」
「ふむ、疎いという割にはいきなり軍事的にど真ん中の質問をされましたな」
「いえ、特に深い意味は無くて! ただ辺境伯と聞いて、父から教わっていた限りだとそういう外部との戦いに備える凄い人っていう認識でしかなかったので、そういう質問になっちゃいました」
流石に質問の内容が愚直過ぎたかと、アドワーズは冷や汗をかいた。元魔剣部隊としてまずは自分達との接触が無いのかそれを一番に確かめたいが為の質問だったが、かえって相手にとっての疑惑になりかねないと今更ながらに気づいてしまったからだ。
しかし質問をしたのはあくまで見た目は十代後半のもの知らぬ若き乙女。そこまでの真意は見抜かれることはなく、ただ偏った知識ゆえの質問だと思われただけで、疑いにまでは至らない。
「確かに辺境伯は国境付近で隣国との防衛を担う役割を持っていますし、隣国オルランディアもまた好戦的な国、一時の油断も許されません。ですがデアルム様が辺境伯として
「へぇー! 凄いですね!」
「キュリオテ共和国でも指折りの外交の力をお持ちの方ですから。こうして比較的国境近くであるビゼルラの街も平和に保たれているのです」
(援軍を出したことがないという点が気になるけど……今のところは恐らく私ともレーヴァンとも戦場でまみえたことは無いと考えていいわね。いざという時はしらを切って大丈夫そう)
辺境伯ともなれば軍を出す頻度も高く、またオルランディアと戦っている近隣国への援軍も想定されるものであるが、どうやらアドワーズが予想している以上にキュリオテ共和国というのは戦争に関わらない国のようである。
「他にも何か教えていただけたりできますか?」
「そうですね……他に何をお話ししましょうか――」
そうして車内で話に花が咲こうとしている中、人混みの中をひたすら馬車と並列に歩く人影がひとつ。
「一応後をつけておくか……特段問題は無いと思うが――」
そしてその更に後ろを尾行する者が一人。
「今日はどのタイミングで話しかけようかな……?」
――果たしてレーヴァンの尾行は、成功するのであろうか。
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