第6節 剣の作り方 7話目

「……遅かったじゃない! 一体どこ歩いていたの!?」

「アァ? ……悪かったよ」


 日も暮れ、辺りも家の中をほのかに照らす明かりだけが窓から漏れるくらいの遅い時間帯に、レーヴァンはようやく工房へと戻ってきた。

 既に辺りは暗くなっているにも拘らず、奥では炉の炎がごうごうと燃え盛っているのが目に入る。それと共に朝と同様、鉄を必死で撃ち続ける父の姿も目にすることができる。

 そんな中でレーヴァンの帰りにいち早く気がついたアドワーズが、不機嫌そうにしながら近くへと寄っていく。


「それはそうと、その手に持ってる袋は何?」

「っ、あぁ、これか? 気にするな。商人の野郎に間違って掴まされたもんだから、後で返しに行くつもりだ」


 レーヴァンの性格ならば返品も可能かもしれないが、そもそもそのようなものを何故掴まされたのか、アドワーズはその袋の中身も含めて気になっている様子。


「一体何を買ったのよ? ちょっと見せなさい!」

「っ、触るな! これは明日商人に返してくるから――」

「いいから! ほら!」


 レーヴァンの手から素早く袋を奪い取り、アドワーズはその中身を確認する。するとそれまで少しばかりの憤りが混じっていた表情が、一気に青ざめた表情へと変化していく。


「……ねぇ、これって――」

「親父殿にはまだ黙ってろ。今はまだ剣を作ってる最中だ、邪魔したくねぇ」

「そうじゃなくて、これは一体どういうことなの!?」


 袋の中、見てはいけないものを目にしてしまったアドワーズは半分狂ったようにレーヴァンを問い詰める。


「これ! この剣の柄! これはまるで――ッ!」

「しっ! 親父殿に聞こえるだろ!」


 幸いにも金槌を叩く音と炎の燃え盛る音とで、集中している父の耳には二人のやり取りは届いていない様子。


「……とにかく、親父殿にはまだ言うな」

「そんなことをしても、いつかはバレるに決まってるわ」

「違ぇっての。親父が今やってる鍛造が終わるまで、このことは伏せておけってことだ」


 今このことを聞かせて、その心を乱したところで良いことはひとつも起こることはない。それよりは今やるべきことをやらせておいて、落ち着いたところで話をした方がいいとレーヴァンは考えていた。


「……俺だって信じたくなかったさ。ただ、こいつを拾った行商人はオルランディア王国からやってきて、その道中で拾ったって話だから可能性はあり得る」

「拾ったって……お兄様はあの後打ち捨てるように死んだって事?」

「分からねぇ。それに折れたところから先は見てねぇってのもおかしな話だ」


 二つに折られた黒剣ダーイン――その片割れはというと、その場に落ちていなかったのだという。


「商人が言っていることがどこまで本当かの裏づけはできねぇが、少なくとも嘘はついてねぇように見えた。俺も充分脅したからな」


 先に冒険に出たという兄の遺品――そういう名目でもって、レーヴァンはとことん商人を問い詰めた。一つでも嘘を吐けばその場で殺すつもりで、戦時中における拷問に近い気迫で詰め寄った。

 しかし返ってきたのはあくまで柄のついた部分しか拾っていないという答え。それを聞いたレーヴァンはそれまでの鬼気迫る様相から意気消沈し、礼金代わりに金貨入りの袋を渡して引き取ってきたのだという。


「それにこの割れた剣がダーインだってのは、なんとなく分かる。多分親父殿が見たとしても同じ感想を持つだろうよ」

「…………」


 アドワーズは後悔していた。あの時ダーインに授けた提案が、王国向こう側にとって何か不都合でもあったのだろうか、と。自分の思いつきを持ち帰った結果、処断されてしまったのではないか、と。


「……少なくとも、あのクソ兄貴はテメェを恨むことなんざしねぇよ」

「ですが……」

「とにかく、貴族のコンペとやらが終わったところで俺から話をする。それまではこのことは内緒だ。分かったな?」

「……分かりました」


 アドワーズはそうして罪悪感を何とか飲み込もうとしつつも、この事実を知らない父が熱心に剣を叩く姿を見て、ひとり心を痛めるのだった。

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